ベナン人の家庭教育と交通事故とダンスとけん玉とクラリスの復活

 8月9日、今日は朝から子どもたちが外で元気よく遊んでいる。ニワトリもヤギも元気に鳴いている。はいはい、起きろということだ。クラリスはまだ復活していない。
 朝ごはんを食べていると、隣に住むママさんが挨拶に来た。ベナンでは、ただ挨拶をするために隣人の家に来ることは珍しくない。彼女はクラリスのみならず、私のこともとても好いてくれている。時折、私たちのために夜ご飯を作ってくれたりもする。しかし実は、数日前にこのママさん一家と、ある出来事があったのだ。
 8月5日のことだった。いつものように朝ごはんを食べていると、隣から子ども(女の子)の泣き声が聞こえた。子どもは泣くものなので特に何か気になったわけではないが、何となくクラリスに 
 
    "Why is she crying?" 
 
と聞いてみた。するとクラリスはこう答えた。

    "Maybe she has done something bad, so her mother is beating her."
   
叩いている…?耳を疑った。完全に虐待ではないか。すかさず言った。

    "It's violence! Child abuse! I don't want violence! "

 クラリス曰く、ベナンではしつけで叩くことはよくあることだそうだ。しかしそれは悪しき習慣だ。断じて許さない。クラリスは私の剣幕に圧倒されたのか、

    "OK. I'll tell her."

と言った。まさかこうもあっさりいくとは思わず、若干拍子抜けで、

"Huh!?...yes yes, go to tell her!"

と言った。

 クラリスは現地語でママさんと話していた。何と言っているかは分からなかったが少なくとも険悪なムードではないようだ。戻ってきたクラリスは、件の女の子(イマ)を連れていた。クラリスが言った。

   "She promises with you. She will never beat her."

    何と言うことだ。あっさり納得してくれたのか。何という拍子抜け。叩いている、と聞いて頭に血が上ったが、ママさんはちゃんと分かってくれたのか。イマは、泣き顔で私のところへ来たので、思いっきり抱き締めてあげた。そして、ママさんにお礼を言うべく、ついでにイマを送り届けるために彼女の家に行った。ママさんは片言の英語とジェスチャーで、『二度と叩かない』と示してくれた。日本だったら、外国人に家庭教育のことを口出しされたら間違いなく黙殺されるだけだろう。『言いに行く』と言ってくれたクラリスと、分かってくれたママさんは何と柔軟で寛容なことか。
 そのママさんは、このことがあってからも何一つ変わらぬ態度で私に接してくれている。夕ご飯を作ってくれたり、毎日必ず元気かどうかを尋ねてくれて、"I love you." と言ってくれる。ベナンは本当に寛容な国だ。
 その後、クラリスと買い物に出かけた。実はかねてから子どもたちに何かおもちゃを作ってあげたいと思っていたのだ。買うのではなく、身近にあるもので。ちょうど空のペットボトルが2本あったので、けん玉を作ってあげることにした。テープと紐が必要だ。クラリスの気分転換になれば、とも思い、買いに出かけることにした。
 個人商店でテープと紐を買った。また、クラリスは甘いものが好きなので、スーパーでビスケットも買ってあげた。無事に買いたいものを買い、スーパーの前に停めておいたバイクに跨った。その瞬間、私たちの目の前で事故が起こった。バイク同士が接触したのだ。一方は1人乗り、もう一方は2人乗りで、後部に座っていた男性が吹き飛ばされた。その場にいたみんなが小さい悲鳴を上げた。クラリスはすぐに私の体をかばい、事故を見させないようにした。体が震えていた。吹き飛ばされた人は、息はあるようだった。目の前、と言っても私たちがいる通りの反対側なので車とバイクの行き来が多く、すぐに駆けつけることが出来ない。しかし周りの人が、歩道に彼を避難させ、横たわらせていた。とりあえず息があるならば安心か、と思い、少し冷静になって見守っていた。クラリスに、
 
    "Is the ambulance coming soon?"
 
と聞くと、
 
   "I don't think so...maybe they are calling his family."
 
と言った。どういうことだ。まずは救急車が先ではないのか、と聞くと、
 
    "Maybe he doesn't have enough money to go to the hospital."
 
と言う。何ということだ。お金が無くて救急車が呼べないことなどあってはならない。すかさず言った。
 
    "Then I'll pay, so please call the ambulance!"
 
クラリスに言うと、クラリスは迷った。
 
    "I think it is not good..."
 
クラリスが何に迷ったのかはあくまでも推測でしかないが、私が外国人だからだろう。もし私が払えば、他の人も何かにつけて私を頼るかもしれない。あるいは、彼は外国人からお金を借りることに躊躇するのではないか。しかし、ここでそんなことを考えても無駄だ。とにかく救急車を呼ぶことが先だ。
 
    "Then I'll give you the money, so please give it to him."
 
クラリスに言った。要は、クラリスがお金を出したことにすれば良いだろう。クラリスもそれならば、と納得して手を繋いで通りを渡った。
 外国人の私が駆け寄ったことで、幸いみんなビックリして道を空けてくれた。間近で見ると、確かに彼は息はあった。しかし足に大きな傷を負っている。まずはクラリスに本当に救急車が呼ばれていないのかを確認してもらった。情報が錯綜していてなかなか正確な答えが出てこない。幸い、意識のある彼自身が、お金を持っていると言ったので、救急車はすでに呼ばれていたそうだ。安堵して、クラリスと共に声かけをしてその場を離れた。その後どうなったかは知らないが、クラリス曰く、救急車が来るのなら病院でしっかり手当をしてもらえるはずだから大丈夫とのことだ。そうであってほしい。
 その後、クラリスのお姉さんの家に遊びに行った。そこで、彼女の親戚に当たる子どもたちにダンスを教えてもらうことになった。クラリスが音楽をかけ、動画を撮ってくれた。子どもたちは私の無様なダンスに爆笑した。クラリスが久しぶりに笑っていた。
 

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子どもたちに教えてもらったダンス。クラリスはなぜか途中からこの水色の少年をメインで写していた。
 家に帰った後、私はけん玉作りに没頭した。ペットボトルでけん玉を作るなど、世の中本当に色々なことを考える人がいたものだ。作り方も丁寧に書いてあったので、すぐに完成した。クラリスは少し外の空気を吸いに行くと言って出て行った。入れ替わりで子どもたちが遊びに来た。早速けん玉を渡した。遊び方を教えてあげると奪い合いになって遊んでくれた。そのうち本来の遊び方とは違う遊び方をしていたが、まあいいだろう。喜んでくれて何よりだ。ちなみに彼らは私がずっと前に作ってあげた紙飛行機で未だに遊んでくれている。ボロボロになってもなお空に向かって放っている。
 

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この子がイマ。イマはけん玉の遊び方が分からず、違った遊び方をしていた。

 クラリスは元気になっただろうか。思案して待っていると、彼女は戻ってきた。子どもたちとリビングで遊んでいた私を見て、笑顔で、
 
    "Maki, I'm OK now!" 
 
と言った。
 
    "Wow, I'm really happy! What happened?"
 
と聞いたら、
 
    "Because of you. If I were alone, I would have no one to talk with and feel lonely. "
 
と言った。どうやら気分転換作戦が成功したようだ。何はともあれ、クラリスが本調子に戻って良かった。子どもたちが帰った後、いつも通り素っ裸でウロウロして爆音で音楽もかけて歌っている。
 この日、夜ご飯の後に2人でスイカを食べていると、明らかにクラリスの皿には種が残っていないことに気がづいた。まさか食べたのか、と思って聞いてみると、クラリスは無表情で何てことない、という顔をしていた。また、日本人は寿司や刺身のように、魚を生で食べることを話すと、たいそう驚き、いつも通り
 
"Ahhhhhhhh!! You are kidding me!"
 
と言った。これだ、これがクラリスだ。芸人ばりの大げさなリアクションが帰ってきた。きっと今日も私が寝ているのに "Are you sleeping?"と言って起こしてくるだろう。きっと明日になったら無茶振りをしたりツッコミどころ満載なことをするだろう。でもそれでいい。とにかくクラリスクラリスでいてくれればいいのだ。