ヨーグルトとSNSと黒いワンピース

 8月13日、いつもより少しばかり遅くまで寝ていた2人はようやく9時過ぎにのそのそと起きた。ベナンに来てから夜は全力で寝ているせいか、朝は腹が減っている。特に今日は9時過ぎに起きたので、よりいっそう腹が減っていた。
    ところが私の同居人クラリスは予期せぬことを言い始めた。

    "Maki, I want to make yoghurt, so I want to buy milk and sugar. Do you want to come with me?"

いやいや、困る。クラリスは基本的に個人商店で買い物をする。価格交渉制である個人商店での現地人の買い物は長いのだ。良い値段で売ってくれるところを何ヵ所も渡り歩く。すかさず言った。


    "How about having breakfast first?"
    "Is it an emergency? I want to go now."

…仕方あるまい。緊急事態かと言われれば確かに緊急事態というほどの空腹ではない。そして、いつか自立して生活するため、なるべく買い物にはついていくようにしているので、


    "OK. I'll go with you. I want to change my clothes, so can you wait for a moment?"
    "Why?! You don't have to do that."


と言うので、確かに近所への買い物ならこれでいいか、と思って、そのまま外へ出た。ちなみにどんな格好をしていたかというと、8月12日に記したような、日本では下着にあたるタンクトップとムーミンのステテコであった。懲りずにまたこの格好をしていた。しかし、今回はさすがに『イン』しないように気をつけた。
    ヨーグルトを作るべく、ミルクと砂糖を求めてまずは1つ目のお店。残念、そもそも置いていなかったようだ。2つ目のお店、価格が気にくわなかったようだ。この時すでに30分ほど経過していた。ベナンは風は吹くので気温は日本ほどではないが、やはり日差しは強い。ただでさえ皮膚が弱く焼けやすい私は日焼け止めを塗っていても焼けている実感を得始めた。3つ目のお店に入る直前、同時にお店に入った2人の男性に『ニーハオ』と話しかけられた。ここベナンでは、アジア人と言えば中国人のイメージがあるため、『ニーハオ』と話しかけられる率はほぼ100%である。幸い、"I'm Japanese." と言うと、彼は片言ではあったが英語が通じたので、ちょっとした会話をした。一方でクラリスはお店の人と知り合いだったのか、買い物ではなく、世間話をしているようだ。ようやく終わったが、何も買わずに出てきたので、ここでも収穫無し。45分ほど経過していた。別のお店へ向かっている中、少し前から漠然と感じていた不安がさらに大きくなった。クラリスが黙り始めた。ヤバい、来るぞ。基本的におしゃべり大好きなクラリスが黙り始めるということは、機嫌が悪いか、もしくは…

    "Maki, I'm tired."

来たーーーー。クラリスが黙るときは、機嫌が悪いか疲れたかのどちらかだ。そりゃそうだ。1時間近くさ迷い歩いている。明日にしたらどうか、と言い終わらないうちに、彼女は指を鳴らしてバイクタクシーをつかまえた。そして、

    "Let's go to the supermarket!"

 

と言った。おそらく家まで歩くのも嫌だから、どうせバイクタクシーを捕まえるなら少し離れたスーパーまで行こうということだろう。
    ついに私は日本の下着に当たるタンクトップとステテコで、もはや近所というエリアを越えた。道路ですれ違う人々にしっかりと日本の下着とステテコを披露したクラリスは歩かなくて良くなったからか、機嫌が直り、後ろでデカい声で歌い始めた。そして時折やはり、

    "Oh your hair is beating me!"

と文句を垂れるので (注:8月5日参照)、『へいへい』と言いつつ、髪もおさえた。下着とステテコのみならず、ベナンに来てから少々ムダ毛の処理が甘くなっている脇までさらした。(ちなみに、ベナン人女性は剃っていない。) 
    頼むからここで決着をつけてくれ、と思いスーパーに入った。少し価格が気に入らなかったようだが、ようやくお目当てのものを手に入れた。そして待たせておいたバイクタクシーに乗って家まで戻った。
    遅めの朝ごはんを食べた後、彼女は仕事に向かった。クラリスが出てからSNSについてリサーチを始めた。8月12日に記した通り、クラリスと共に学校に行けない子どもたちの支援をすべく、私もついに何かしらのSNSを始めようと思ったのだ。とにかくこれまでやったことが無いため、色んな友人にFacebookやらTwitterやらBlogやら、色んなSNSのことを聞き、一番自分の性に合っているのがBlogかなという結論に至った。ところが、ベナンという国はWi-Fiは入るものの、とにかく弱く、途中で必ず切れるのだ。『あっこのサイト、ためになりそー』と思ってクリックすると、謀ったかのように切れるのだ。これもクラリスに言わせると


"Welcome to Africa."

 
なのだろう。
    夕方頃に停電が起きた。もはやいちいち驚くことも無くなった。困るのがやはり扇風機を回さないと、室内は私には暑すぎることだ。ちょうど夕方でもあり、風呂に行くことにした。水シャワーも慣れたものだ。コツは、風呂に行く5分ほど前から扇風機を切り、汗をかいておくことだ。今日は停電ゆえに切れて、ちょうど良い。汗をかいておくことで水シャワーが気持ちよく感じられる。水道管も夕方ならばまだ日のおかげで温かいのか、心なしか出てくる水もぬるめである。そして、出てきて少しゴロゴロしていると電気がついた。ベナンという国は、ちょっとゴロゴロしているときに、動け働けと言わんばかりに電気がつく。
    仕方なくSNSリサーチを再開した。フランスに住む従姉がBlogをやっていることもあり、やはりBlogでいこうと決めたわけだが、私にはいわゆる『映え』は似合わない。ご覧の通り、このBlogもシンプル極まりなく、載せている写真もリア充アピールするものではない。何しろ、Blogのタイトルにハートマークを入れるので精一杯だったのだ。続けるためにはなるべくこだわらないことが大事だ、と思っている。
    朝が遅かったため、昼に腹が減らず、クラリスが帰ってきてから夜ご飯を共に食べた。
    そして私が先に食べ終え、いつも通り私が寝室に行き、ベッドでゴロゴロしながらこの日記を書いている。クラリスはなおも食べているようだ。そして、彼女も寝室にやって来た。これもいつものことだが、彼女は
 
    "Maki, are you sleeping?"
 
と聞く。そんなデカい声で言われれば寝ていたとしても起きるがな。ちょうど寝入りばなだったので、"Yes." と言っておいた。
    すると彼女は自分の洋服から何かを引っ張り出し、
 
    "Maki, look!!"
 
と言った。寝てる、と言ってるにもかかわらずだ。しかも『見て!』と言われたところで蚊帳が張ってあるし、裸眼では見えない。仕方なく蚊帳をめくって見た。彼女は黒いワンピースを手にしていた。
 
    "Oh it's a nice dress. You look beautiful."
 
と誉めて再び蚊帳の中に入った。すると、彼女はこう言った。 

    "I bought it last year but it doesn't fit me. So I want to give it to you."
    "Oh really? Thanks."
    "I want you to try it on now."

…おいおい、冗談じゃない。寝てる、と言ったではないか。
 
   "Now...? I'm sleepy. I'll try tomorrow."
 
と言うと、彼女は突如蚊帳をめくって私の足首をつかみ、
 
    "Hey, Maki! Come on!!"
 
と言った。本当にすごい、彼女は。全く無邪気である。仕方なく着てみた。ワンピースなので、上から被ればいいと思ったのだが、見事に頭と肩でつまった。おまけに、この近隣の人々はもはや下着(ブラジャーの方)なんぞつけておらず、私も寝るときはブラジャーをつけていなかったため、クラリスの前で上半身むき出しで、頭と肩でワンピースをつまらせ、救出される羽目になった。(全国の青少年の皆さん、ごめんなさい。) 夜な夜な我々は何をやっているのだろう。しかもクラリスは救出しつつ、しっかりと私の体を見て、日本人(というか私)の体型に心底驚いていた。同居し始めてからお互い家の中は素っ裸でウロウロしてきたのに、今さら言わなくてもいいようなことを言う。
    ようやく救出された後、気づいた。脇から腰にかけてちゃんとチャックがあるではないか。どうしてクラリスはこのチャックを下ろして救出してくれなかったのか。そしてチャックを下ろしてから着ると、何とも素敵なドレスではないか。遠慮なくもらった。しかし、クラリスはサイズが合わないから私にくれると言ったが、このドレスは私にぴったりだ。サイズが合わないどころではない気がする。Lサイズを着る人がSサイズを買っているような感じだ。クラリスに聞いた。

    "Why didn't you try it on before you bought it?"

    すると、彼女はこう答えた。

    "I didn't know I was too big."

学歴もあって英語もフランス語も出来る彼女だが、自分の体型については知らなかったようだ。