性教育と修士課程での授業と世界共通のこと

 2月29日(土)、今日はドソウさんとまた小旅行をすることになっている。ドソウさんとは、クラリスの大学時代の英語の先生であり、英語教育に広く関わっている人物である。私が初めてベナンに来たときも、クラリスを通じて紹介してもらった。そのドソウさんと、先週ばったり道で出くわしたことをきっかけに、先日英語教育の学会にも連れて行ってもらった。さらにその後、ドソウさんがベナンの secondary school で用いる英語の教科書作りのチームに加わらないかと声をかけてくれて、面白そうなので引き受けた。

 ところが、それがあまりにもヘビーな仕事であった。内容的には、日本で言う保健の授業で習いそうなことだ。しょっぱなから何と、性教育。私は、英語教育には携わってきたものの、性教育や保健に関しては教えたことなどない。しかも、全てオリジナルのアクティビティと読み物でないといけないというので、1から自分で作っているのだ。やりがいはあるが、ここ数日、調べてばかりで全く進まず、まともに眠れていない。

 ドソウさんにはかねてより、私の仕事の状況は話してある。ボランティアで来たわけではないのに、給料がもらえなかったことや、今尚、どういうわけか働かせてもらえていないことを。彼はとても冷静で客観的に聞いてくれた。だからだろう、私に仕事を与えてくれたのだ。
 そしてさらに、26日に一緒に立ち寄った大学での授業に、一緒に来ないか、とも誘ってくれた。遠出をすることでお金がかかることは少々痛いが、このまま性教育のことを調べ続けているのも息がつまる。ということで、また朝早くから一緒に行くことにした。
 1つ問題なのが、その大学がある場所 Bohicon(ボイコン)は、乗り合いタクシーで2時間ほどかかるのだが、そのタクシーをつかまえるために、朝早くにこの前ドソウさんと待ち合わせた場所に行く必要があることだ。この前は、たまたまご近所さんと出る時間が同じだったので、車で送ってもらえた。しかし、今日は土曜日。それを当てにすることは出来ない。また、朝6時にその場所に向かうには、バイクタクシーを捕まえればほんの5分ほどで到着するのだが、そんな朝早くに家の周りにバイクタクシーは走っていない。徒歩でとなると、街灯のない道を30分近く歩かなければならない。街灯がないことで何が危険かというと、まず、朝は車やバイクがビュンビュンとスピードを出しているので、人が歩いていることに気づかない可能性もあるし、道の状況が悪く、ところどころ穴があったり、デコボコになっているので、つまずく可能性もある。言うまでもなく、治安もである。他のアフリカ諸国に比べたら圧倒的に治安は良いが、それでも朝早くは分からない。
 クラリスにこの件を話した。家の前に、セキュリティのために大きな門があるのだが、夜間は鍵が閉まっている。住人だけがその鍵を持っている。朝早くに出たら、ある程度明るくなるまではその門を閉めておかねばならない。当然、鍵はクラリスが持っているし、中からかける必要があるので、クラリスに起きてもらって、門を閉めてもらわなければならないのだ。クラリスは、クラリスでさえバイクにしろ徒歩にしろ、そんな時間に出歩くのは危なくて出来ないと言った。ましてや私が外国人なので、さらに狙われる可能性は高い。しかし、ドソウさんからもらったチャンスを無駄にしたくない、ということを熱心に訴えた結果、しっかりライトで照らして常に左右に気をつけながら歩くということを条件に、許してくれた。
 ということで、やや緊張しながら朝早くに家を出た。クラリスを起こし、門も締めてもらった。街灯がないということだけあって、真っ暗で星が綺麗に見える。日本から持って来た小型のペンライトとスマホのライトを持ちながら、歩き始めた。スーパーや薬局などは、夜間も防犯のため電気をつけているが、それ以外の個人商店は真っ暗である。慎重に足元を照らしながら、歩き続けた。
 アフリカ人は働かない、とよく言われるが、そんなことはない。少なくともベナン人は朝が早い。こんな時間でも、ちらほら開店の準備をしている人はいるし、子どもが家の前を掃いていたりもする。足元と、時折後ろも振り返りながら黙々と歩いた。多くはないが、車やバイクも走っているので、用心した。そして、緊張しつつも素早く歩いていたからだろうか、25分足らずで目的地まで着いた。ここは大通りではあるが、こんな時間でもかなりの交通量だ。ここまで来ると街灯もあって人も歩いている。最後の難関は、このビュンビュン走る通りを横切って、向こう側に渡ることだ。もちろん、信号など無い。幸い、流れが途切れた瞬間が出来たので、その隙に渡り切った。
 まもなくすると、ドソウさんも来て、またこの前と同じように乗り合いタクシーを拾った。そして、2時間かけて Bohicon まで向かった。私は旅自体が好きなのだが、道中、街の様子が変わっていく様を見ることも好きだ。だからよく車や電車では窓側を選ぶ。バイクタクシーに乗るのも好きだ。特に異国では、人の様子や家、道路、雰囲気など全てが日本と違うから、新鮮でとても楽しい。個人的に車内はこうやって静かに楽しみたいのだが、ドソウさんが横でマシンガントークをしている。彼は、隣に居合わせたご婦人にもしっかり話しかけている。そして、時折歌い、私に話しかけ、またご婦人に戻り、ドライバーとも話し、を繰り返している。
 Bohicon で降りると、先日と同様、カトリック教会が運営するカフェに向かって朝食を取ることにした。ドソウさんは、乗り合いタクシーだけでなく、ここでもまた私には1セファも払わせてくれなかった。久しぶりに飲むコーヒーはインスタントではあるが懐かしくて美味しくて、至福であった。美味しいパンも平らげ、バイクタクシーで大学まで向かった。
 教室に向かう途中、ドソウさんは、
 
     "How many students do you think there are?"
 
と聞いてきた。確か、12人の登録があったと言っていたから、12人いるのではないか、と答えると、
 
     "You will see soon."
 
と言われた。
 ところが、教室に入ると、7人しかいなかった。休みか、遅れて来るのか。ところが、ドソウさんは、
 
     "You see, Maki? This is one of the big problems that Benin has."
 
と言った。どういうことかというと、ベナンではこのように修士課程であれ、学部であれ、登録しておきながら授業に出ないことはよくあるそうだ。私は驚いた。先進国の日本なら、お金がある人はそういうことはするかもしれない。しかし、ここベナンでは一般家庭でも授業料を捻出するのはそう簡単なことではない。そんなお金を払ったのだから、死に物狂いでも来るのではないか。ところが、ドソウさん曰く、学生たちはなるべく楽をして学歴をつけたいから、そのためにお金を払うことはしても、苦労して授業に出て勉強しようという気にはならないそうだ。修士課程に進む人のモチベーションも、「より学びたいから」というより「より良い職業につくため」なのだそうだ。そして、大学の先生の質もそれほど良くないため、簡単に修士課程修了証書を出してしまうのだそうだ。中には、授業に一回も出ずにマスターを取っている人もいるとのことだ。ドソウさんはまた嘆いていた。この国は、規律が必要である、と。
 ドソウさんは厳しい。厳しいと言っても日本なら当たり前のことだが、出席をして課題をこなさないなら英語の授業での単位は出さない、と宣言をした。さらに、時間厳守であることも。学生たちは、ひーっという顔をしていた。
 今日は、初回授業ということで、ウォームアップとして、ドソウさんが学生たちに色々な基本的な質問をして、それに答えていくという時間になった。英語での自己紹介の仕方や自分の専攻内容についても英語で話す練習となった。学生たちの英語のレベルはビギナーレベルではあるが、受け答えは出来ている。非常に興味深いのだが、ベナンでは初対面であっても、結婚しているかどうかや子どもの有無、家族についても尋ねることは失礼には当たらないのだそうだ。今日居合わせた学生たちは、たまたま全員既婚者であり、子持ちでもあった。ドソウさんは、子どもの数や年齢についてもガシガシ聞いていっている。当然、私にもだ。
 日本と異なる部分もあれば、同じところもあった。ドソウさんが、
 
     "What do you like to do?"
 
と聞くと、
 
     "To have a child."
 
と答えていた。するとドソウさんは、
 
     "What do you need to do to have a child?"
 
と聞いていた。日本の基準でいうと、いわゆるセクハラ発言である。しかし、学生たちは皆嬉しそうに s◯x と答えていたので、セクハラとは言わないのか。
 さらにドソウさんは、
 
     "But don't try to have more children during the master course. Do you know why? Because you will be very busy and spend a lot of money."
 
と言っていた。OK, OK と答えていたが、本当だろうか。
 ドソウさんが次の質問で、
 
     "What are you good at? What can you do well?"
 
と聞くと、とある学生は、
 
     "Doing ...on the bed."
 
と答えていた。ドソウさんはさらに方法まで聞いていた。一体これは何の授業なのだろうか。完全に下ネタではないか。この数日で私が身につけた性教育の知識を披露してやろうか、とも思ったがやめておいた。男性陣は大いに盛り上がっているが、ここに女性は私しかいない。もう聞かなかったふりをして、私は次の質問に移るのを待った。
 世界には色々な言語があって、それを話す人々も多様で、考え方も違うのだが、男性が下ネタで盛り上がることは世界共通なのだな、と思った。

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授業の様子。下ネタで大いに盛り上がる男性陣。
 残念ながら、その後もなかなか下ネタの話から切り替わることがなかったが、基本的な英語の学習と CV の書き方でこの日は終わった。ドソウさんは授業の最後に、来週は CV を印刷した状態で持って来いという指示をしていた。
 1つ気になったのが、授業の途中でとある学生がスマホを持って教室を出た。全員仕事を持っているので、てっきり仕事の電話が入って止むを得ず出たのかと思いきや、彼はそのまま戻って来ることはなかった。
 教室を出て、彼に一体何があったのかと思ってドソウさんに聞いてみると、
 
    "He got out without my permission. But this is usual. Maybe he wanted to focus on other things."
 
と言った。何ということだ。そんな簡単に授業を放棄するのか。しかも、ドソウさんは授業に出て課題をこなさないなら単位を出さないと宣言していたのに。ただ、学生の英語のレベルがビギナーレベルなので、恐らく単純に言っていることを理解していなかったのだと思う。理解したのにそれでも放棄するということなど、あるだろうか。
 バイクタクシーで Bohicon 中心部まで戻るのかと思いきや、ドソウさんは違う場所を指示していたようだ。着いた先は、田舎感漂う村である。Bohicon はドソウさんが生まれた場所であり、この村がまさにドソウさんの故郷なのだそうだ。お父さんはすでに亡くなってはいるが、その家に今は腹違いのお兄さん一家が暮らしているというので、訪れようということだ。何と事前に伝えておらず、電撃訪問だ。お兄さんはたいそう驚いていたが、ドソウさんはもちろん、私の訪れも大変に歓迎してくれた。すぐにお昼ご飯を用意する、とまで言ってくれたので、遠慮なくいただいて帰ることにした。子どもたちも手伝ってくれて、食べきれないほどのパスタが出された。暑いので、わざわざ冷たい飲み物まで買いに行ってくれた。
 食べきれなほどのパスタは、案の定食べきれなかったが、とても美味しかった。静かでのんびりとして良い村ではあるが、私たちが住むカラビや大都市のコトヌーで働くドソウさんはきっとこの村では英雄なのだろうな、と思った。この村に着いてからもだが、帰りも、ドソウさんは色々な人に挨拶をされていた。というか、Bohicon に着いてから、ドソウさんの有名っぷりには驚いていたのだ。こんな小さな村で育って、今や国立大学の英語の先生である。クラリスもだが、ドソウさんもまた、きっと日本で生まれ育った私には想像も出来ないほどの苦労を重ねたのだ。
 結局、帰りの乗り合いタクシーも、その道中のベナン式ドライブスルーでも、またドソウさんは果物などを買ってくれて、この日も1セファも出させなかった。そして、来週の土曜日も一緒に行こうと誘ってくれた。交通費くらい払えます、と言っているのだが、
 
     "Maki, this is Africa. You are in Benin."
 
と言って、全くお金を受け取ってくれなかった。今日は前回と異なり、まだ日が明るいうちに帰ったので、車を降りてから家まで、また30分ほど歩くが、徒歩で帰ることにした。ドソウさんはまたバイクタクシーを拾ってくれると言ってくれたが、この前みたいにボッタクられるのは嫌だし、何よりドソウさんのお金をボッタクられるのはもう嫌だ。運動不足解消のために歩きたい、と言ってようやく納得してくれた。
 夜、クラリスに今日のことを報告すると、下ネタに関してはクラリスも笑っていた。そして、ドソウさんが全てお金を出してくれたことと、やはり自分も無理矢理にでも出すべきだったのか、と相談をしてみると、クラリスも、ドソウさんと同じことを言っていた。ここはベナンなんだから、ベナン人のホスピタリティは受け取ってほしい、と。
 世界共通であるのは、どうやら下ネタで盛り上がることだけではないようだ。他の国からやって来た人を精一杯もてなす、ということも少なくとも日本と同じだな、と思った。