帰国と「西アフリカの」
10月27日(火)、成田に無事に着いた。実に快適なフライトであった。ベナンからフランスまでの機内はそこそこ混んでいたが、フランスから日本までは、またガラガラであった。目ざとく4列空いているところを見つけ、早々と座席を移動した。帰りも4列を独占出来るなんて、素晴らしい。
エールフランスなんて、普段高くて乗ることが出来ない。それが、今回は元々予定していたフライトがコロナのせいでキャンセルになって、こんなときに日本ーベナン間を運行している便がエールフランスしかなく、それが相当安く売られていたのだ。コロナ対策だからだろうか、食事は紙袋にとてもコンパクトにまとめられていた。その、たかだか紙袋までもがフランスらしく、おしゃれであった。
無事に成田に着いたはいいが、心配な点が1つある。乗り継ぎのために、シャルル・ド・ゴール空港に8時間ほど滞在した。フランスの空港は、閑散としていた成田とは異なり、バカンスで楽しむ人に溢れていた。なるべく人と接触しないようにし、マスクも外さなかったが、それでも感染のリスクは大いにあった。
ところが、フランスを経由地として使った人間は、なんと PCR 検査対象とはならないそうだ。成田に着いて、何人かのグループに分けられて、どこから乗ってきたか、これまでの滞在先を申告していくのだが、シャルル・ド・ゴール空港に8時間いたと自ら申し出たのに、検査対象とはならなかった。いつものクレーマーらしく、検査させろと粘れば、この後自費で検査をせずに済んだかもしれない。
私の近くにいた人は、スイスを経由してきて、検査対象となっていたが、フランスを経由した私とは一体何が異なるのだろうか。そして、その申告の際に「あるある事件」が起こった。
「ベナン」という国は、空港の職員にもあまり馴染みがない。空港カウンターで「ベナン」と何度も言っているのに「ペナン」と間違われることはもはや当たり前である。ちなみに「ペナン」は、マレーシアにある島である。ときにベトナムの「ダナン」と間違えられる。初めてベナンに行った際、お金はどうやって両替するのかを聞きたくて、ベナンの通貨である「セーファーフラン」に替えたいがどうしたら良いかと成田で聞いたら、続々と職員が代わる代わる出て来ては、分厚いファイルを引っ張り出し、色々調べてくれたが、誰も「セーファーフラン」の取得方法を知らなかった。ちなみに、円から「セーファーフラン」に直接替えることが出来ないため、一度ユーロかドルに替えるのだ。
さらに、航空券を取るにも一苦労で、電話で取ろうものなら、「べ・ナ・ン」とはっきり発音しても伝わらない。「西アフリカの」と枕詞をつけると、電話の向こうでググっているのだろうか、キーボードをカチカチと鳴らす音がした後、『あ、ベナンですね。』と言われる。ちなみに今回の航空券は、E チケットにはちゃんと表記されているが、メールでは「ペナン行き」となっている。エールフランスに、荷物の件で問い合わせのメールをしたら、『ペナン行きの倉科様ですね。』と返信があった。まあ、ペナンに連れて行かれたら、それはそれとして楽しもうと思っているから、特に騒ぎ立てるつもりもない。
という「ベナンあるある」が、今回も起こった。検査対象か、そうでないかを振り分けるために、到着した人は皆カウンターで出発地と経由地を申告する。毎度毎度、「ベナン」と言うだけでは伝わらないから、「西アフリカの」と枕詞をつけ、『出発地が西アフリカのベナンで、経由地がフランスです。』と言ったところ、職員は何やらパラパラと書類をめくり始めた。その、パラパラとめくっては、また最初に戻り、パラパラとめくり、を何度か繰り返しているうちに、職員は何やら焦った顔をして、
『出発地、どこっておっしゃいましたっけ?』
と聞いた。
『西アフリカのベナンです。』
と答えたところ、
『すみません、ちょっと書いてもらえますか?』
と言われ、何と紙とペンを渡した。マスク越して、さらに透明のパーテーション越しでは聞こえづらいのか、それとも私の日本語はそんなにおかしいのだろうか。「ベナン」と紙に書いたら、
『あっ、ベナンって国ですか?』
と聞かれた。だから、さっきからそう言ってるではないか。「西アフリカのベナン」、と言ったではないか。
『え、あ、はい...』
と訝しんでいると、その職員は、
『西アフリカ共和国のベナンっていう都市ではないってことですね?』
と聞いた。そんな国あるかい。「〜共和国」は、「南アフリカ共和国」だろう。「西アフリカの」と親切心で枕詞をつけたら、それが「西アフリカ(という国)のベナン(という都市)」と勘違いをされたのだ。次からは、一体何を枕詞にしようか。八村塁選手にもう少し有名になってもらうしかないか。
一方、横のカウンターでも、すったもんだが起きていた。同じ便で日本に到着した人が、一見日本人に見えるが、日本語がたどたどしく、「簡単な日本語しか喋れない」と言っているにもかかわらず、職員は『出発地は?』『渡航目的は?』と大きな声で聞いていた。耳が遠いわけではないのだから、大きな声で言えばいいというものではない。何度言われたところで、その小難しい日本語では通じないだろう。
英語を教える身として、自分の立場で考えてみた。英語初心者に、place of departure「出発地」と言っても伝わらない。それよりも、Where did you come from?「どこから来ましたか?」と聞く方が分かりやすい。同様に、purpose of your visit「渡航目的」と言っても伝わらないから、Why did you come to Japan?「なぜ日本に来たのですか?」と聞く方が分かりやすい。
私の列では「西アフリカ共和国」問題が起き、隣のカウンターでは、そんな問題が起きていた。便は相当減っているとは言え、毎日こういうことが繰り返されているのだから、そりゃまあ、検査はなかなか進まないだろう。
そして、検査対象外となった私は、荷物を取りに向かった。この時間に到着した便はエールフランスだけで、さらに私たちが申告をしている間に、すでに荷物はベルトコンベアから降ろされていて、ポツンと私のスーツケースが2つ置いてあった。
スーツケースを確認して、空港を抜けようとすると、犬を連れた警察官が私をめがけてやって来た。麻薬探知犬か。人がいなさすぎて、私は訓練に使われたのだろうか、警察官は犬と共にご丁寧に私の周りを回った後、去って行った。アフリカの匂いがするのか、犬は興味深く嗅いでいった。残念ながら、今回はベナン産のとうもろこし粉を持って帰っていないため、お目当の白い粉はない。
家に帰ると、ステイホームをしている父と母が出迎えてくれた。相変わらず元気そうだった。今回の渡航は短期間ではあったが、やはり日本食が恋しくなる。母が買ってくれていた寿司が泣けるほどうまい。醤油は、世界遺産になっても良いと思う。インスタントの吸い物までもが、こんなにうまいものだったか。少ししたら今度はベナン料理が恋しくなるのだろうが、今は醤油だけで生きていける気がする。噛みしめるように食べた。