夢と老いへの第一歩

 5月10日(月)、ようやく新しい就職先が決まった。この1ヶ月ほど、非常に焦っていた。調理師免許を取ろうと決めてから、2年間の実務経験を踏むためにお世話になるところを探していたのだが、どうにもうまくいかなかった。夢がたち消えになるところだった。

 実務経験を積む2年間、学校の先生として働くことは出来ないが、どのような形態でも英語を教えていないと自分の英語力も落ちると思って、日中は調理の仕事、夕方から英語を教える仕事をすることにした。英語を教える仕事はすでに決まっていたが、調理の方は、夕方から別の仕事をするために移動するとなると、なかなか見つからなかった。しかし、幸運にも、とある保育園で、こちらの条件も私が全くの未経験であることも受け入れてくれるところが見つかった。子どもは好きだし、本当に良かった。来週から早速、その調理の仕事も始まる。これまで、のんべんだらりと過ごしてきたが、来週から朝から晩まで働くことになるのだ。
 これまで教育畑で働いてきた私にとって、調理の仕事は全く初めての経験である。新しいことにチャレンジするのは好きだし、好きなことを仕事に出来るのは良いことだ。仕事が決まるまでの間、あまりにも暇すぎて、今後の自分の人生設計をしてみた。
 こう見えて、御年32歳の私。そろそろ自分のこれからを考えてみよう。まず、ベナンに行けない期間は、日本でまたお金を貯め直して、日本からベナンのための活動をするのだ。クラリスともすでに次の計画も立てている。クラリスとの活動は、クラリスが私を必要としなくなるまでは、続けるつもりだし、出来るなら一生続けたい。ただし、骨を埋める場所は日本と決めているから、私も日本で生活基盤をしっかり築かないといけない。前まで不思議なくらいになかった結婚願望も芽生え、子どもも欲しいなと思う。クラリスとの CHILDREN EDUC も続けつつ、日本で貧困にあえぐ子どもたちの役にも立ちたい。30代になっても、まだまだやりたいことが多すぎて、体も時間も足りない。でも全部叶えたい。前からずっと、やりたいことには全てチャレンジしてきたと思ったが、それでも何でもっと早くからやらなかったのだろうと後悔する。世の若い子たちが羨ましい。後悔する一方、つくづく、2年前にベナンに踏み出して良かったと思う。もしまだ迷っていたら、今はコロナでそんな海外に行ってる場合ではなかった。やりたいと思っているときが、ベストなタイミングなのだろうと思う。
 32歳とは、世の中から見れば若者に分類されると思うのだが、ここ最近、衰えを感じざるを得ない。体力というより、恐怖心が出てきた。今更ながら、よく女一人でアフリカに渡ったよな、と思う。数年前は、新年早々スカイダイビングなんかやっていたが、今は出来る気がしない。転ぶのが怖くてヒールのある靴が履けない。老いは確実にやって来ているから、今出来ることは今のうちにやっておこう。