新しい挑戦

 3月13日(土)、期末試験も終わり、採点や成績配布も無事に済み、怒涛のような3学期がようやく終わった。今日で学校の先生を辞めることにした。これからしばらく学校の先生に戻ることはない。

 その理由は、仕事が大変だったから、なんていうものではない。社会人になってからの生活なんて、大学院生時代に比べたらなんてことない。学校の先生を辞める決心をしたのは、新たな夢を見つけたからだ。
 30歳になって、夢を追いかけてベナンに飛び出し、予想以上に行ったり来たりの生活を繰り返したが、ベナンと日本を交互に見ていくうちに、日本の貧困に目が行き始めた。正直に言って、今まで全く貧困問題に興味は無かった。ベナンに行ったのだって、別にベナンのために何かしたいと思ったからではなく、単に夢を叶えに行っただけだ。しかし、ベナンで生活していくうちに否が応でも目にする貧困問題は、もはや目をそらすことすら出来なかった。その目を持ったまま日本に帰ってくると、今度は日本の貧困問題が見えてきてしまった。特に今、コロナ禍で食べ物が満足に食べられない人が多いと見聞きした。日本だろうが先進国だろうが、貧困問題はどこにでも転がっている。一方、自分は実家暮らしで何の不自由もなく暮らして、この差は何なんだろうと思う。
 ということを考えているうちに、将来的に、日本で困っている人たちに食を提供する場を設けたいなと思ったのだ。ちょうど、このご時世だから教員免許以外に何か免許が欲しいなと思っていたから、いっちょ調理師免許でも取ろうと決めた。
 私は、恐ろしいほどに切り替えが速く、思い立ったが吉日、即行動に移す。調理師免許を取るには、学校に通って資格試験を受ける以外に、週4日、1日6時間以上飲食店で2年以上働いて実務経験を積んだ後に資格試験を受ける方法があるそうだ。言わずもがな、学校に通うお金などない。1日6時間以上飲食店で働いたら、そりゃ学校で非常勤も出来るわけがない。ということで、学校は辞めざるを得なかったのだ。
 我ながら、本当に落ち着かない人生だなと思う。家族も呆れていた。私に務まるかどうか分からないが、私みたいな自己肯定感の塊みたいな人は何だか出来る気がするのだ。とりあえずやってみよう。
 1つ大きな後悔というか、残念なことがある。これまで勤めていた学校には、もう少しいたかったなと思う。やはり学校は何年いたとしても生徒は毎年変わるから新鮮だし、自分が一番生き生きして働くことが出来る場所だなと思う。塾や予備校で教えるのも好きだが、学校という場所が一番好きだ。調理師免許を取得するまでの2年は、学校で勤めることが出来ないのが残念だ。でも、新たな夢が出来たことも、一方ではとても嬉しい。クラリスにも話したら、とても興味深そうであった。クラリスとのベナンでの活動は今後も変わらず続けていくが、どうせしばらくベナンには行けない。ということで、どんな飲食店で働こうか、就活を始めなくては。