優雅な朝ご飯とすごいベナン人とベナン最大の市場と失敗することと『誰かが上げて、誰かが落とす』

 11月24日(日)、不安に駆られながら目が覚めた。昨夜、一緒に泊まらせてもらった山崎さんと同じダブルベッドで寝ていたのだが、どうやら彼女を蹴り飛ばすことなく、大人しく寝ていたようだ。

 携帯を見ると、着信が何件も入っていた。全てクラリスからであった。一体どうしたというのか。さらに、共通の知人からも LINE が入っていた。そっちを見ると、クラリスが、私が昨日から泊まりであることを忘れていたのか、『マキが帰ってこない。マキに何かあったら私が全て責任を取る。だから今すぐマキを探してこい。忙しいとかは言い訳にならないから今すぐ探せ。』というメッセージが、鬼のようにその共通の知人に送られたとのことだ。文字通り、鬼が言いそうなことである。私に何かあったら全責任を取るという割に、探すのは知人の役割であるのか。どうせまた昨日感情的になったと同時に、私が泊まりであることも吹っ飛んだのだろう。相変わらずツッコミどころの多いクラリスに苦笑しつつ、クラリスにも知人にも自分の無事を伝えておいた。
 今日は、朝ご飯に山崎さんの協力隊 OB が経営しているパン屋さんを訪れることになっている。朝とはいえ、もうすでに暑い。日焼け止めは汗でどうせすぐに流れるので、長ズボンを履いて、上はスカーフで皮膚を覆う方が良い。
 ベナンの高級住宅街を10分ほど歩いて、目的地であるパン屋さんに到着した。見た感じ、とても綺麗でオシャレなパン屋さんである。すでに人はちらほらと入っていた。

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パン屋さんの看板。
 
 

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入り口もオシャレで、富裕層っぽい人がゾロゾロと入っていた。
 コトヌーにありながら、思ったより価格は高くなく、良心的である。しかも、ベナンに来てから全く飲む機会が無かったコーヒーまであるというではないか。ベナンではコーヒー豆は取れない。従って、ガーナかトーゴエチオピアからの輸入のため、ベナンで飲むとなると、高くついてしまうらしい。しかし、どういうわけかここでは200セファ(日本円で40円)と非常に安い。迷わずコーヒーも頼むことにした。

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私が頼んだコーヒーとマフィン2つ。
 お金が無いから、ということもあるが、高いパンを頼んでしまって、それが癖になると怖いということもあるので、小さめのマフィンを食べることにした。運ばれて来たパンとコーヒーで朝ご飯を済ませるなんて、何と優雅な朝。そして、山崎さんにまた、協力隊のことやベナンのことを教えていただいた。山崎さんは、ここでも、昨日とは異なる現役協力隊員と落ち合う予定であるというので、本来また私は引っ込むべきであるのだが、ちゃっかり混ぜてもらうことにした。
 そして、2人の女性の協力隊員が、私の右横のテーブルについたと同じタイミングで、左横のテーブルに、ベナン人親子が席についた。男の子と女の子とお父さんである。初めてアジア人を見るのか、子どもたちが私をガン見していたので、
 
    "Hello."
 
と手を振りながら言うと、彼らはガン見をしつつ、手を振った。すると、お父さんの方が、
 
    "Do you speak English?"
 
と聞いてきた。
 
    "Yes. I teach English."
 
と答えると、
 
    "I need a teacher. I want to speak English."
 
と言うではないか。聞けば、このお父さんは空港に勤務をしているらしい。英語を使う必要性もあり、さらに英語はインターナショナルランゲージでもあるので、自らの可能性も広げるべく英語を習いたいと思っているそうだ。子どもたちにも英語を身につけさせるべく、インターナショナルスクールに通わせているとのことだ。子ども2人をインターナショナルスクールに通わせるとは、相当の富裕層である。さすがコトヌー。滅多にないが、たまにこういうベナンの富裕層に出会う。
 今日は空港で勤務をした後、子どもたちと朝ご飯を食べるためにここに立ち寄ったとのことだ。しかも、何と近所に住んでいることまで分かった。それならば、子どもたちにもそのお父さんにも、私で良ければ英語を教えますよ、と言うと、お父さんはその場で WhatsApp を交換しましょうと言ってくれた。
 しかも、お父さん、早速英語を使いたいのか、真横にいるのに WhatsApp でメッセージを送ってきた。ベナン人は、というかアフリカ人は概してライティングよりスピーキングの方が得意である。英語を流暢に話す人でも、メッセージ上のスペルが意外とガタガタだったりする。このお父さんも、やはりスペルが苦手らしく、早速色々な単語のスペルを聞いてきた。アルファベットの組み合わせで発音が決まるというルールをいくつか説明すると、お父さんはとても納得してくれて、楽しそうであった。途中、朝ご飯を食べている子どもたちの座り方や食べ方もしっかり教育していたので、やはりすごくきちんとしたご家庭のようだ。
 お父さんが子どもたちと話しているときは、私も協力隊の方達との話に混じらせてもらった。協力隊ならではの悩みや大変さも教えてもらった。つくづく思うのが、彼女たちは私よりも10歳くらい若いだろうに、本当に立派だなということだ。10年前どころか、今ですら私は人のために貢献したいだなんて微塵も思わない。全ては自分のためである。山崎さんも含め、協力隊員は2年間も任地のため、現地の人のために働いて、私だったら耐えられないだろう。私がベナンに来た理由も自分の夢のためだ。クラファンだって、言うなれば、子どもたちが学校に通えない世界を私が受け入れ難くて始めたのだ。20歳そこそこの、まだ青春し放題の若者が難関の試験のために勉強し、突破し、こんなはるばるベナンまで来ているのだから、私とは覚悟が違う。ちょっと引け目に感じることは事実である。
 しかし、せっかくの現役協力隊員と、つい最近まで隊員だった人に囲まれているのだから、悔いのないように聞けることは全て聞いておいた。私が目下、一番気になることは、ズバリ、ベナンでの1人暮らしについてである。自立のために、いつかは1人暮らしをするつもりだ。いつまでもクラリスに養ってもらうわけにもいかない。クラリス曰く、現地人のクラリスでさえ、1人暮らしをする際には親や親族から反対されたそうだ。ベナンは、基本的に治安は良い。しかし、窃盗事件は起こりやすい。女の子の1人暮らしは現地人ですら用心に用心を重ねる。ましてや外国人なのだから、「お金持っていますよ」アピールをしているに近いのだろう。現に、協力隊員が現地人に何かを盗まれたという話はしょっちゅう聞く。当然、外務省としても安全に多大なお金をかけているので、隊員たちへの安全対策はしっかりレクチャーしているそうなので、教えてもらった。
 まず、窓に鉄格子は必須であるとのこと。付いていない家にも、お金さえ払えば取り付けることは可能だそうだ。警備員の有無だが、これは悩ましい。警備員がグルになって窃盗に一枚噛んでいたという話もあるそうなので、警備員をつけるとかえって危ないケースもある。本当に信頼のおける現地人に頼むのだベストだろう。他にも、寝室のドアにも鍵を付けたり、玄関のドアには何種類もの鍵をつけるなどをして、「盗ませない」という対策をするしかないのだという。
 まあ、先進国の日本からやって来た人はベナン人から見れば、そりゃ金持ちに見えるだろう。だが、何の自慢にもならないが、私は無給であり、日本で貯めてきたお金だってそろそろ底をつく。私が現在持っている現地通貨は、おそらくその辺のベナン人と変わらないだろう。ちなみにこの前、私の専用バイクタクシーの運転手パトリックのお財布がちらりと見えたが、彼は明らかに私よりお金を持っていた。
 一通り、1人暮らしの心得を聞いたところで、またベナンあるあるの話になった。食事の話になった。ベナンの食事は概して美味しい。しかし、日本の食事に比べると、野菜に偏りがあり、ビタミン不足にも陥りやすい。従って、ベナン人は貧血気味の人が多い。数ヶ月経つと、体が現地の食事で作られ始めて、体を壊し始めるのもこの頃からだそうだ。道で売っている食事も、卵や魚をつけると100セファ余分にかかるものが多いが、余計に払ってでても摂取をしないと、不健康になる。日本だと、安いレストランでさえサラダがついていたり、一つの食事に何種類もの野菜が入っていたりして、意外と健康的に作られていたりする。一方、ベナン人が、この辺りの栄養知識に乏しいため、与えられたものだけ食べているのではなく、積極的に栄養を摂取していかないといけないのだそうだ。
 という話をしたので、やはりケチケチしないで、体のために卵を取ろうと思い、オムレツを追加注文した。

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追加注文したオムレツ。
 私たち4人に共通していることは、数ヶ月でやはり現地の嫌なところが目につき始めるということだ。現地人にひどく落胆したり、裏切られたり、コミュニケーションが破綻したり、そんなことはしょっちゅう起こる。しかし、同時に現地人の心の底からの優しさを感じることも多い。彼女たちのうちの1人から『誰かが(気分を)上げて、誰かが落とす』という名言が出たが、まさしくその通りである。私も今週は下げられっぱなしであった。
 という話をしていると、隣の親子が食事を終えたようで、席を去ろうとしていた。同じタイミングで、店員さんが山崎さんにフランス語で何かを話しかけていた。山崎さんはフランス語も現地語もマスターしている。すると、隣のお父さんが慌ててそれを制し、子どもたちの手を引いて、逃げるように去ろうとした。山崎さんは店員さんの語を聞くや否や飛び上がった。何と、お父さんが私たちの会計まで済ませていたというのだ。すかさず私もお財布を出した。昨日はアイスクリームも寿司も山崎さんに出していただいたが、この朝ご飯こそは自分で払うつもりがあったから自分のは少し抑えめにしたのだ。山崎さんは、子どもの手にお金を握らせたが、訳が分からない子どもはしっかりと受け取ってしまい、お父さんが苦笑しながら子どもの手からお金を取り、山崎さんに返し、慌てるように店を出ようとした。お父さんが私と目が合ったときに何か言いたそうだったので、追いかけると、
 
    "See you soon. We live in the same city."
 
とお父さんが言ったので、
 
    "Let's keep in touch. We'll meet soon again."
 
と言うと、お父さんは嬉しそうに店を出て行った。
 席に戻って、ビックリしたね、とみんなで話していた。4人分の食事代をポーンと出せることもすごいが、こんな見ず知らずの日本人のために支払いをするなんて、普通考えられない。ついさっきまで、『誰かが(気分を)上げて、誰かが落とす』という話をしていたが、『まさにこのお父さんが今上げてくれたよね。』とみんなで言っていた。しかし、口に出すと怖いので言えないが、きっとみんな同じことを思っている。『この後、誰かが落とす。』ということを。

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4人で記念撮影。
 協力隊員に別れを告げて、私と山崎さんは一度ゲストハウスに戻った。短距離とはいえ、少し歩いただけで汗だくになったため、休憩をしてから再度出ようということになった。
 午後は、ベナン最大の市場であるトッパというところに向かうことになっている。何度か来たが、平日は人が多すぎてじっくりと見ることが出来ない。今日は日曜日であるため、店はそんなに空いていないそうだが、それでも見て回るには十分だ。山崎さん御用達しのタクシーでトッパに向かった。
 協力隊員は安全のため、バイクタクシーに乗ることは禁じられているため、移動はタクシーで行うのだそうだ。よって、協力隊員御用達しのタクシーがあるそうだ。このドライバーは日本人の扱いにも慣れており、親切でボッタクリをすることも無い。ちなみに私の金銭事情が分かった山崎さんは、タクシー代まで出してくださった。
 お金が無いとは言いつつ、それでも帰国中に会うつもりの人たちにはお土産を用意するつもりだ。それは自分のプライオリティなので、ちゃんと貯めてあった。私がベナンに渡る前に、ベナン産の布で私のために服を作ってくれた友人がいる。しかも、タダで作ってくれた。彼女に、ベナンで5000円分のものを買ってきてくれればそれで良い、と言われていたのだが、これが意外と難しいのである。現地通貨で言うと、25000セファ。ベナンで25000セファの良いお土産が思い浮かばないのだ。だから、色々なものを詰め合わせて25000セファになるように考えている。しかし、そうは言ってもここはベナン。なかなかクオリティの面で「もの」を探すことが難しい。しかも、アフリカ好きの人ならまだしも、特にそうでないなら気に入ってもらえるかが分からない製品が多い。
 色々と動き回って、良さそうなものを手に入れたが果たして気に入ってくれるか。何を買ったかは、彼女が Blog を見ているかもしれないので、秘密にしておこうと思う。
 山崎さんは、布を手に入れたいようだ。トッパにはたくさんの布屋さんがある。1軒1軒見て回ると、下手したら1軒ごとに1つ買いそうになるくらい、素敵な布が多い。当然、服やバッグ、小物を作ってもらうためだ。ベナンに来て、アフリカ服の素敵さに目覚めてしまった。これまで服には全く興味関心が無く、大学にはジャージで通ったり、近所くらいならムーミンのステテコでウロウロしていた私だが、ド派手なアフリカ布に魅せられた私は、街でベナン服を見ては、『私も次はあんな服を作ってもらおう。』と思うほどだ。
 所狭しと店が連なっており、前と足元を見ないと何につまずくか分からない。それでいて、スリも多いものだからリュックも前に背負い、さらにそれをスカーフで隠した。スカーフで隠されたリュックで膨らんだ私のお腹を見て、道行く人が赤ちゃんだと勘違いをして避けてくれたのが幸いであった。
 暑さで食欲というより、喉が乾きっぱなしで、レモン水とビサップジュースを飲んだ。こちらはそれぞれ1杯50セファ(日本円で10円)で買える。冷えていてとても美味しくて癖になるのだが、糖分も入っているので要注意である。
 さすがに歩き回って、お腹が減り始めたので、昼時を少し過ぎたくらいに何かを食べようという話になった。日曜日ということもあって、あまりお店が空いていなかったがブラブラ歩いていたところ、とあるおばちゃんにつかまった。フランス語が話せる山崎さんはこのおばちゃんと何かを話した後に、私に説明してくれた。私たちに何を求めて歩いているのかを聞いてきたので、山崎さんが昼ご飯を食べられるところを探している、と言ったところ、おばちゃんが、知り合いだか親族だか、とにかくこのおばちゃんと関わりのある人のところで買えば、おばちゃんがやっている布屋さんの中で食べても良い、ということらしい。きっとそこであわよくば日本人観光客の私たちに布を買ってもらいたいのだろうが、とにかく暑いし外で食べることが出来ないので、その手に乗ることにした。
 おばちゃんの知り合いだか親族だかがやっているお店で何が食べられるかを見せてもらうと、ご飯とスープ数種類であった。ベナンの伝統的な食事であり、昼ご飯にしては上出来すぎる。迷うことなくここで買うことにした。日本人2人がやってきたとあって、他のお店の人もゾロゾロと私たちが買っているところを見に来た。途端にお腹が減り始めた私は、おばちゃんがご飯をよそっているときに、思わず
 
    "More, more!"
 
と頼んでしまった。すると、周りのベナン人も英語が分からなくても「もっと」ということを理解したのか、私の真似をして、
 
    "More, more!"
 
と言い始めた。お店の人も、そんなに食べてくれるのね、といった感じで、どんどんと盛り、取り返しがつかなくなって、結局山盛りになった。山崎さんも同じものを頼み、おばちゃんに連れられておばちゃんの布屋さんに入った。こじんまりとはしているが、冷房も扇風機もあり、座るところもあって、食べるには最適な場所である。おばちゃんの布の宣伝が始まるぞ、と思いきや、何とおばちゃんはこの暑さにやられたのか、自らも椅子に座ると目をつぶり始めた。おばちゃん、布を売りつけたかったのではなく、単に休む口実が欲しかったのか。
 せっかくなのでおばちゃんと写真が撮りたくて、本格的に寝る前に写真をお願いすると、急いで頭のスカーフを巻き直し、服を整えた。これもベナンあるあるなのだが、写真を撮るというと、私たちにはそのままでいいと言う割に、自分たちは途端に目が覚めて身につけているものを整え始める。

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おばちゃんとの記念撮影。
 おばちゃんが本格的に寝始めたので、私たちは静かに食事を取り始めた。魚とチーズとご飯というベナンでよく見かける食事である。ベナンの食事は少々味付けが濃いのだが、汗をかいた体にはちょうど良いかもしれない。

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こんもりのご飯に魚とチーズ。
 食事を終えて、改めておばちゃんの売っている布を見ると、これまでのお店とも違う布があり、なかなか良い布があった。しかも、既製品まで売っていた。実は、私は12月に帰国するということを前から計画していたのにもかかわらず、日本から冬服を持ってくるのを忘れたのだ。かと言って、今後冬服が必要になることもないので、無駄な出費を抑えるために成田で買うことも避けたい。ベナンで買えば安いが、ベナンで着ることもほぼ無い。最寄駅から家までの徒歩区間を凌さえすれば良いので、それ用の長袖を探すことも目的の1つであった。
 おばちゃんに長袖のは無いかと聞いてみると、シャツはあるとのこと。見せてもらうと、どう見てもメンズ並みにでかい。しかも、出来れば上下セットで欲しい。おばちゃんに色々出してもらったのだが、残念ながらあまり気に入らない。山崎さんは気に入った布があるとのことで、購入を決めていた。おばちゃんには悪いが、気に入らないものを買うほどの金銭的な余裕はないため、私は何も買わずに店を出ようとしたときに、おばちゃんが何かを思い出したかのように下の方から何かを掘り出し掘り出し私に見せた。それは、「ボンバ」というベナンの正装衣装で、ベナン人女性が着ているのがとてもカッコ良くて私も欲しいと思っていたのだ。長袖というほど袖は長くないが、少なくとも足はすっぽり覆われている。おまけに、私の好きな水色であったので、一目惚れしてしまった。ほぼ買うつもりで値段を聞くと、7000セファ(日本円で1400円)とのこと。試しに手で「5」を示して値段交渉をしてみると、5500セファまで下げてくれるとのことだ。ありがたい。ということで、最後の最後に良いお土産を手に入れることが出来た。下の方から掘り出して見せてくれたこのボンバ、まさしく「掘り出し物」である。
 お昼ご飯を食べた後、また山崎さん御用達しの先ほどのタクシーが迎えに来てくれた。山崎さんのご厚意で、私のためにだいぶ回り道をして少しでも私がバイクタクシーにお金をかけなくて済むようにしてくださった。さらに、このタクシーのドライバーに、バイクタクシーをつかまえて、現地人価格で私を乗せてくれるように交渉してくれるようお願いまでしてくれた。
 おかげさまで、帰りは行きほどの値段を取られることはなかった。日がまだ沈んでいないことと、運動不足が続いているので、暑いが少し歩こうと思い、家まで30分ほど手前で降ろしてもらった。久しぶりに日本語を話せたことと、色々モヤモヤしていたり不安だったことを日本人同士で話すことが出来て、良い気分転換になった。山崎さんのように現地語もフランス語も全く出来ないが、恐れずに現地人と話す勇気ももらった。これからは、もっと自分から色々と彼らの中に割って入っていきたいと思った。
 と思ったら、心配しなくても、道を歩けば勝手に話しかけられる。どうせナンパなのでいつもは適当にあしらうのだが、今日は言葉が通じなくても色々話してみようと思った。現地語とフランス語で、「分からない」というと、彼らは「アングレ(フランス語で「英語」のこと)?」と聞いてくるので、頷くと、片言の英語で色々話しかけてくる。大抵が『電話番号を教えてくれ。』だが、今日はそこまで嫌な思いはしなかった。
 歩いていると、何とこっちに向かって歩いているアジア人がいた。男性1人と、女性2人である。男性の方が、こちらを見ながらちょっと会釈をしている。『日本人ですか?』と聞くと、何も答えなかったので、
 
    "Are you Chinese?"
 
と聞くと、頷いた。何と、こんなところで中国人に会うとは。大抵中国人は首都のコトヌーにいる。建設関係か企業で働いている人がほとんどだ。住宅街にいるところは初めて見た。何でこんなところを歩いていたのかは分からないが。
 あまりにも暑いので、スーパーに寄った。普段、どれほど暑くても節約のためにジュースなど買わないのだが、何となく現地の人と会話がしたくなった。入ると、何と店員は床で寝ていて、一瞬殺人事件でも起きたのかと思ったが、他の店員が「寝ている」というジェスチャーをしていた。いや、そこ思いっきり私のお目当のジュースが置いてあるところなんですけど。店員さんに取ってもらい、お会計を済まそうとしたところ、友達にベナンビールを買う約束をしていたことを思い出した。
 
    "Do you have beer?"
 
と聞くと、beer という単語が分かったのか、すぐに出してくれた。しかし、トーゴ産のものであったので、
 
    "Beer made in Benin. Beninese beer."
 
と繰り返すと、店員さんも私が言っていることが分かってくれた。これくらいフランス語で言えれば良いのだが、残念ながら私の言語習得はカタツムリの歩行より遅い。
 店員さんが別のビールを取り出し、これがベナン産のビールだというので、迷うことなく購入した。帰り道、何となく不安に駆られてもう一度ビールを見ると、Togo(トーゴ)と書かれていた。後で山崎さんにこれは『ベナン産のビールではないですよね?』と聞くと、やはり違っていた。でも良い。こうやって失敗を繰り返していかないと、現地で生活することは出来ない。クラリスに頼めば間違いはないし、早いし、もしかしたら安く済むかもしれない。最初の頃は、何も知らないから安全のために全てクラリスに頼っていた。でも、そろそろちゃんと自分で失敗してつまずいていかねばならない。命の危険さえ無いように気をつけることは言うまでも無いが、それ以外のことならばもっと恐れずに自分から踏み出していかねば、ベナンで生活することなど出来ない。山崎さんのように色々と1人で動き回るようになるまでは時間がかかるが、少なくとももういい加減に自分のものは自分で調達したり、自分で行きたいところは自分で行ったり出来るようにしなければいけない。心配性のクラリスは反対するだろうが、そこはちゃんと説明するつもりだ。
 帰ると、また近所の子どもたちが「タタマキ」と言いながらうわーっとやって来た。「タタ」というのは、現地語で「〜ちゃん、〜さん」にあたるものだ。子どもが年上のお姉さんを呼ぶときに用いる。こっちも汗だくだが、子どもたちも目一杯汗をかいているだろうに構わずハグをせがむ。1人1人むぎゅむぎゅと抱きしめて、
 
    "I love you."
 
と言い続けていたら、いつからか真似して彼らも
 
    "I love you."
 
と言い始めた。意味は分かっていないだろうが。
 大人になって、もし彼らが英語を学んで、もしこの言葉を覚えていて、近所に住んでいたとあるアジア人が自分たちに向けて言っていたこの "I love you." という言葉の意味を知ったら、と思うとちょっと楽しみであった。
 門のところで近所のママさんと話していたクラリスが、心配そうな顔で私を見ていた。きっと、昨日感情的になって怒ったことを少し悔いているのだろう。"Sorry." とはあまり言わないクラリスだが、ヒステリックに共通の友人に電話をかけまくって私の安全を確認しようとしていたくらい心配していたことは分かってやろう。どうせ昨夜はシクシク泣きながら寝ていたに違いない。
 『誰かが上げて、誰かが落とす』という言葉は本当に名言である。きっとこうやって何度となく、「ベナン好き」「ベナン嫌い」を繰り返していくのだろう。クラリスに、昨日の仕返しで、『優雅にパンとコーヒーで朝ご飯をたべた。』と言ってやろうかと思ったが、きっとまたヒステリックに、
 
    "Why didn't you take me?! You are not kind!"
 
と言うだろうと思い、「落とされる」と思ったので、やめておいた。