100万円の誘惑とリターン作成依頼と異業種チャレンジ

 12月16日(月)、午前中から出かける予定があった私は、朝早くに家族と朝ご飯を食べていた。私が日本に帰ってきたのと時を同じくして、福岡から祖母も遊びに来ている。その祖母は今、何とも言えない顔で私を見ながら朝ご飯を食べている。

 祖母は、典型的な昔ながらの人で、ニュースなどで見るアフリカのイメージ「アフリカ=危険」を持っているため、祖母にはベナンに渡っていたことを言わないでおいた。言ったら確実に、
 
 『そんな危ないところに行くのはやめなさい!!』
 『(私の両親に向かって)どうして止めないのか!!』
 
と言うに決まっているからだ。
 ところが祖母が12月に東京に遊びに来るということが決まり、しかも偶然にも私の帰国日と完全に被ってしまった。あのどでかいスーツケース2つの存在はもはや隠し切れないので、観念した母がついに、私が帰国した翌日に祖母に言ったのだ。そのとき私はその場にはいなかったのだが、祖母は文字通り目をパチクリさせ、口をパクパクさせ、何も言葉を発することが出来なかったらしい。
 ようやく喋れるようになった祖母は思った通り、どうしてそんなところに行く必要があるのか、病気にかかったらどうするのか、と母にまくし立てたそうだ。母は冷静に、『病気ならもうかかったわよ。』と言ったそうだ。
 80代の祖母からすると、女1人でアフリカに行くという発想なんて、そりゃあ無いだろう。ましてや自分の孫が。いい歳しているのだから、そろそろ結婚だの出産だのお祝い事の話が聞きたいだろうに。祖母の寿命を縮めて悪いことをしてしまった。
 そしてその祖母は今、私の顔をじーっと見ている。
 
 『何?何か言いたげだね。』
 
と聞くと、
 
 『イランなんてもう行きなさんな。』
 
と言われた。おばあちゃん、大陸が違いますぞ。どれだけ地殻変動が起こっても、イランとアフリカ大陸はくっつかないだろう。
 祖母からすると、中東もアフリカも一緒らしい。その後も、懲りずにイランと言ったり、イラクと言ったり、私は戦地に渡ったことになっていた。懇願するような目で、
 
 『東京に住むことに何の不満がある?お願いだから行きなさんな。
 
と言われたので、
 
 『100万円くれるなら考える。』
 
と冗談で言ったところ、祖母は考え込んでしまった。しまった。高齢者は他にお金を使うところが無い。祖母もこれと言って趣味もないし浪費家ではないので、100万円だったら用意してしまうかもしれない。
 
 『ホントかね?100万だったら行かんのね?』
 
と言い出した。あはははは、とごまかしておいた。1日寝れば、祖母は今の会話を忘れてくれるだろうか。危ない危ない。うっかり100万円でつられるところであった。
 その後、私は友達 G のところに向かった。G とは、何と旅先で出会った。数年前、一人旅をしていたときに同じ宿に泊まったのだが、何と同業者で G も先生をやっていることが分かり、そこから意気投合したのだ。クラファンをとても応援してくれており、驚くべきことに G のお義母さんまでブログを見てくれていたそうだ。
 さらに、G のお義母さんはプロのレベルの裁縫技術があり、ベナンの子どもたちのためにペンケースを作ってくれた。それらの写真を見て私は、図々しいと分かってはいたが、クラファンのリターンの品であるペンケースの作成も依頼した。そして、お義母さんは快諾をしてくださったのだ。
 今日は、すでに作ってくださったベナンの子どもたち用のペンケースを受け取り、クラファンのリターンのペンケースを作ってもらうためにベナンから持って帰った布を渡すことになっているのだ。その布は、実は私が持っているある服と同じ布である。私の服を作った後に布が余ったのだが、思ったより余り、しかも綺麗な状態で残っていたので、何かに使えると思い、取っておいたのだ。ということで、ペンケースのリターンコースを選んでくださった方は、もれなく私の服とお揃いのペンケースが届きます。
 G は、先生としても人間としても私の先輩である。子どもたちに生きた教育をすべく、G 自身が経験してきたことや見てきたことを教材として使う。昨年出産したのだが、生後間もない中で特別に家に招いてくれて、赤ちゃんをお風呂に入れたり、ミルクをあげたり、オムツを替えるなどをさせてくれた。まさに、家庭科の教育実習であった。普通、生後数週間の赤ちゃんには会えない。しかし G は、生後数週間の赤ちゃんのお世話をすることは今しか出来ないことだから、と言って、ためらわずに私に教育実習をさせてくれた。大人である私にも、生きた教育をしてくれたのだ。
 そして、私も G も環境問題に関心があるため、野菜もなるべく有機のものを食べたり、合成洗剤も使わないということなどで話が合う。出産して忙しいだろうに、G は相変わらず愛息子の未来のために、環境に優しい生活をしている。 
 子育て真っ只中である G の代わりに、お義母さんが私のブログを読んでくださっているようで、G はお義母さんから私の様子を聞いていたそうだ。まだ会ったこともないうちからブログから私を知ってくださっていたことが、何だか面白い。
 そしていよいよご対面のとき。お義母さんは、初めて会ったとは思えないくらい気さくな方であった。ベナンのことにとても興味を持ってくださった。お義母さんは、仕事として裁縫をしているのではなく、楽しむためにやっているそうだが、見たこともないベナンの子どもたちのために労力も時間もかけて、大量にハイクオリティのペンケースを作ってくださった。

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ペンケースだけでなく、ポーチや小物入れまで作ってくださった。
 これらの作品を見れば、お義母さんが本当に真心でやってくださったことが分かる。可愛い布を使ったり、オーナメントも付いていて、子どもたちにピッタリである。私が本当に感動したのは、お義母さんはこれらの作品のために新たに布や装飾品を買い足したのではなく、すでに持っているもので作ってくださったことだ。これまで何かを作ったときに使い切れなかった布や余ったものを取っておいたのだそうだ。G もお義母さんも、持続可能な未来のために、余計なものは買わない。子どもたちの未来のために、そしてその先の世代のために、ゴミを増やさないのだ。普通の人であれば、使い道が無くて捨てられてしまったであろうものが、お義母さんの力でここまで可愛いものに仕上がった。お義母さんは決して言わなかったが、いくら楽しみのためにやっているとは言え、ここまでのクオリティを保ちつつ、これほどの数を作るということは神経も使ったと思う。ベナンの子どもたちの笑顔を見るために、ただそれだけのためにお義母さんが頑張ってくださったことを考えると、本当に国際協力には色々な形があるのだなと思う。
 私はベナンで、クラファンで取り組んでいる教育問題と、実はもう1つ、環境問題にも何かしら関わりたいと思っている。ベナンではゴミ焼却システムがなく、町中ゴミだらけなのだ。悪臭はすごいし、子どもたちがその中を裸足で歩く光景が見るに耐えない。途上国のゴミ問題については、まだ自分は無知である。だから、まずは知ることから始めるべく、日本で出来るだけ資料を集めておきたい。これが、この一時帰国中に自分に課した宿題である。
 G の家をお暇して、私は次の場所に向かった。今日からバイトを始めるのだ。ベナンにいるときから応募しており、帰国翌日に面接を済ませ、運よく採用になったのだ。ここまで話すと、友達には
 
 『は?帰国翌日に?何やってんの?』
 
と突っ込まれたが、私は思い立ったときに行動をするのだ。それを過ぎると永遠にやらない。
 業種は何と、これまで全くやったことのなかった食品販売員である。これまで先生という仕事しかやってきておらず、アルバイトも教育業しか経験がなかった私は、妙に世間知らずであり、意外と非常識であったりする。また、基本的に無愛想なので人に笑顔を振りまくことにも慣れていない。民間企業に勤めている友達とその差を感じ、引け目に感じていたのでいつかは異業種にチャレンジしたいと思っていたのだ。こういうときでないとなかなかやってみようとは思わないので、短期間だし、と思って思い切って応募してみた。
 今日は初日であるので、最初は建物の案内やどのような商品を売るのか、どのようにそれらを売るのか、など仕事内容についての説明を聞いた。私は内心、焦りまくっていた。超がつくほどの方向音痴な私は、果たしてこの建物の構造を覚えられるのか、ということに。初日からいきなり覚えられるわけがない、大丈夫ですよ、と言ってもらったが、初日だから、という問題ではない。私の認知能力的に可能か不可能か、という問題である。
 可愛い制服も与えられ、気分的には楽しみなのだが、果たして私は大丈夫だろうか。ベナンのゴミ問題という大きな宿題以前に、この建物の構造を覚えるという宿題が追加されたようだ。