クラリスを日本に来させたい理由とドソウさんが日本に憧れる理由

 3月1日(日)、ここ数日クラリスとすれ違いばかりの生活をしていた。喧嘩をしていたのではなく、朝起きて家を出る時間と夜寝る時間がバラバラなのだ。そんな私たちは今日、久しぶりにゆっくり話をした気がする。内容は、「クラリスが日本に来たらやりたいこと」についてである。

 実は、コロナの情勢も加えて、諸事情のため私の帰国がかなり早まることになりそうなのだ。前回の帰国時には、『次の帰国はまた12月になります!!そのときにクラリスを連れて来ます!!』と高らかに宣言していたのだが、事情が変わって5月か6月になった。
 ところが、さらにそこから予定が変わり、おそらく今月末に帰ることになりそうだ。クラリスは5月末か6月にならないと休みがもらえないそうなので、残念ながら一緒に来ることは出来ない。また、日本滞在中のクラリスのアクティビティも、今のうちに話し合っておかないと、直接話す機会が無くなってしまう。クラリスに、何をしたいか尋ねてみると、やはりあまり日本の観光地について知らないため、
 
     "Wherever you want to!"
 
と言われた。ただし、日曜日には教会に行くという習慣は続けたいそうだ。他にも、わずか1ヶ月ほどの滞在ではあるが、今のように2週間に1回くらい髪型を変えたいとか、ホストファミリーにベナン料理を作ってあげたいとか、クラリスらしい要望が出た。どこでもいい、と言うわりに、寿司を食べに行くことは頑なに断っていた。
 クラリスの飛行機代や滞在費は私の自腹である。はっきり言って、安くない。飛行機代は、ピーク時ではないとはいえ、13〜16万円はする。クラリスも当然、それは分かっているので、どれほど乗り換えをしてもいいから一番安い飛行機を取ってくれ、と言ってくれたのだが、一番安いのだと、トルコ航空を利用することになる。
 
     "If you use Turkish Airlines, the ticket price is the cheapest. But you have to wait in the airport for more than 10 hours."
 
と言うと、あっさりと『じゃあ、次に安いやつにしてくれ。』と言った。フランス経由のものだと、フランス語が話せるクラリスにはありがたいのだろうが、残念ながらそれだと10万ほど価格が変わる。大人しく、いつも私が使うエチオピアと韓国経由ので我慢してもらおう。
 日本だと、1ヶ月ほどの休みを取るのはなかなか至難の技ではあるが、ベナンでは1〜2週間ほど前に知らせておけば良いそうだ。ただし、クラリスは上司にはそのくらいの時期にどこへ行くかもきちんと言うが、他の人にはどこへ行くかは伏せておくそうだ。ベナン人にとって「日本に行く」ということはありふれたことではない。自力で行ける人は限られているので、一般市民が日本に行くということは、当然誰かのサポートを受けていると見なされる。クラリスの場合、彼女が一緒に住んでいる日本人の私に疑惑の目が向けられる。クラリスも私も、それが嫌なのだ。
 どういうことかと言うと、残念ながらベナンでは、「外国人は金持ち」という印象が必ずつきまとう。私と一緒に住んでいることで、クラリスは何度も金を無心された。嫌な思いもしたし、裏切りもあった。「日本に行く」と周りに言ったら、私がお金を出していることは見え見えなので、それは極力ベナン人には言わないでおこうということになった。「私も行きたい」「俺も連れて行ってくれ」と便乗してくる輩が出てくることは目に見えているからだ。言っておくが私は金持ちではない。他の人を自腹で招待しようとは微塵も思っていない。
 じゃあ、なぜクラリスは許されるのか。なぜ自腹を切ってまでクラリスを日本に来させたいのか、とよく聞かれる。別にクラリスに、『マキ、オラオラ、日本に連れて行けや。散々良くしてやっただろ〜?』と脅された訳でも頼まれた訳でもない。私から『来ないか?』と申し出た。もちろん、クラリスはそんなこと夢にも思っておらず、とても喜んだ。現実的にお金のことを心配し始めたが、それも私が出すからと言うと、喜ぶというか、今度は心配し始めた。 『お前が(出せんの)?』と思ったのだろう。この前の一時帰国は、クラリスの飛行機代稼ぎのためでもあったのだ。
 なぜクラリスを、というと実はそこには計算高い私の策略があるのだ。クラリスの夢は、「アフリカを代表する女性になること」だ。時々「ベナンをリードする人」とかに変わっていることもあるが、要するに「ベナンやアフリカを盛り上げたい」ということなのだろう、と私は勝手に解釈をしている。私の夢を応援どころか、後押し、さらに実現までしてくれたクラリスの夢を、私も叶えてあげたいと思っている。 
 ベナンやアフリカを盛り上げたいのは、私も同じだ。しかし、それをするのは、私のような外国人ではなく、ベナン人でありアフリカ人であるべきだ。また、トップに立つ人間は、ベナン国内やアフリカ大陸のみならず、もっと広い視野で物事を見なければならない。クラリスは、ガーナやトーゴ(どちらもベナンの超近隣)に行ったことはあるものの、未だアフリカ大陸を出たことはない。別に日本でなくてももちろん良いが、私がベナンから学んだことが多くあるように、クラリスにとっても先進国から学ぶことは多いと思うのだ。ましてや、クラリスのように頭も良く、学歴のある人こそ、そのチャンスを掴むべきだ。クラリスが、日本人から、あるいは日本から何をどれくらい学ぶことが出来るかは未知ではあるが、何かヒントとなるものは持って帰れるのではないかと思う。その一役を担うことが出来れば、私は満足なのだ。
 もう1つ、私がクラリスを日本に招待、いや強制的にでも来させたい理由がある。私はクラリスに絶対に学んでほしいことがあるのだ。それは、先進国の行く末である。大げさではあるが、発展しすぎた国の成れの果てを見てほしいのだ。
 皮肉なことに、技術の発展で犠牲になったものは大きい。原発、土壌汚染、海洋汚染、空気汚染…もう技術大国日本でも、解決出来ないほどに地球環境は破壊されている。今、ベナンにも輸入品が完全に浸透し、プラスチック製品は至る所に捨てられている。もちろん、それらはベナン人が作り出したものではなく、外国から入ってきたものだ。しかし、使うのであればきちんと処理をしないととんでもないことになる。今は何も目に見えていなくても、汚染された土壌で育った食べ物を食べたら、汚染された水で育った魚を食べたら、何年か後に影響が出るかもしれないことを知ってほしいのだ。そして、技術では乗り切れないということを知ってほしいのだ。はっきり言って、クラリスも含めベナン人全体がこの辺りに疎い。ゴミを「捨てる」ではなく、「処理をする」という概念が無い。何の疑いもなく化学製品を使い、そこら中に捨て、いつかは無くなっていると思われているのかもしれないが、実はそれらが体の中に入ってきているということを知ってほしいのだ。
 もちろん、日本が誇る伝統文化や先進技術の成果もぜひ見てほしいし、経験してほしい。しかし、「楽しかった」で終わらせるつもりはない。クラリスには、しっかり勉強もしていってもらいたい。それこそリーダーとなる人間に必要であると思う。JICA など支援も入っている日本にはとても感謝していると言ってくれたし、日本人の友達もたくさん出来たクラリスが日本に来たら、きっと楽しく過ごせるのではないかと思う。
 いつだったか、クラリスの大学時代の英語の先生であり、私もお世話になっているドソウさんも言っていた。アジアにも色々な国があるが、日本に一番憧れる、と。ドソウさんはとんでもないお金持ちであるので、自力で日本に渡ったことがある。その経験も踏まえ、やっぱり日本が良いのだと。
 先進国は日本だけはないし、他の国もベナンに支援をしている。多少リップサービスもあるかもしれないが、ベナン人はこぞって日本を賞賛する。日本人からすると、何が他の国と違うのかが分からない。ベナン人にその理由を聞いてみると、大抵は日本人の国民性だという。要は、我々がフレンドリーで、誰とでも仲良く出来るということらしい。確かに、日本人はシャイだと言われるが、挨拶という文化が根付いているのか、外国人相手だときちんと挨拶をする人が多い気はする。あと、幸か不幸か英語が分からないので、相手の言っていることが分からなくても適当に「イエース」とか言う人も多い。多分、気質的には、私が好きな某テレビ番組の出川みたいな人が多いのではないかと思う。
 しかし、ドソウさんにも「日本の何がそんなに特別なのか」と聞いてみると、さすがドソウさん、答えが他の人とは一味違っていた。彼が言うには、日本は戦後、アメリカの支配下にありながら、独自の文化を衰退せることなく発展も遂げ、わずか数十年で戦後から見事に復興を果たした点が素晴らしいらしい。確かに、戦争が終わったのが1945年で、そのわずか20年後には東京オリンピックを開催した。ドソウさんには、『でも日本は、今なお政治的にも経済的にもアメリ支配下にあると言ってもおかしくないですよ。』と言うと、だからこそより一層すごい、そうだ。学校教育が日本語で行われていることや、今や日本製品はトップブランドであり、技術でさえも made in Japan であることが、彼が賞賛する理由だそうだ。他にも何か言っていたような気はするが、ドソウさんは少々早口で、彼が言っていることを心のノートに記録しきれなかった。
 何となく、ドソウさんは日本とベナンを重ね合わせているのではないかと思う。同じ小国で、大国の影響を受けているという点でだ。ベナンは、日常生活でもフランスの影響を感じざるを得ない。そもそも、彼らの第2言語はフランス語であり、学校教育もフランス語で行われる。made in Benin のものは、ことごとくフランス製品に勝てないし、加工技術やパッケージにしても、圧倒される。きっとドソウさんは、同じように小さな国でありながら、また同じように大国の支配下にありながら、伝統文化も継承され、独自の技術も発展させてきた日本に憧れると言っているのではないかと思った。
 彼は私のポケットマネーが無くても勝手に日本に来るだろうが、クラリスは私が必ず招待する。初先進国、初アジア、初日本に降り立つ人の反応が楽しみだ。うまく、「ユーは何しに日本へ?」の取材に当たらないかな、と願っている。