恐怖度100%の注射

 9月20日、朝からとんでもない雷で目が覚めた。午前6時半頃である。何度も言うが、私が嫌いなものは、虫と雷と注射である。そして今日、そのうちの1つは今まさに鳴りまくっており、もう1つも経験することが分かっている。注射である。最悪の1日である。

 午前7時過ぎに病院に向かった。幸い出かけるときには、雨と雷はおさまっていた。ベナンは雨季真っ只中であり、最近は毎日のように雨が降っている。住宅街のデコボコな道路には非常に大きな水たまりが出来、ドライバーたちを悩ませる。主要道路はコンクリートで比較的デコボコはないが、水はけをするような作りになっていないため、こちらの方が雨が降ったときは最悪なのである。まるでスプラッシュマウンテンのごとく、車もバイクも車輪が完全に水たまりにはまるので、今日は主要道路を使わずに住宅街を通ることにした。水たまりはあるが、道路全般が水浸しになっているのではなく、大きな水たまりがあちこちに出来ているという感じだ。S字を描くようにドライバーは運転をしなければならないため、こちらは富士急のアトラクションの陸地バージョンみたいなものだ。(全然分かりやすい説明になっていない。)
 病院に到着した。クラリスの判断で、前回とは違う病院にした。カトリック教会が運営する病院で、値段は高いが、良い治療が受けられるはずだとのことだ。着くとまた体重を測られた。前回と同じであった。そしてクラリスももじもじしながら、おそらく自分も測っていいかと聞いたのだろう、測っていた。前回と同じく絶叫していた。
 またクラリスがテキパキと動いてくれたおかげで待ち時間は無く、すぐに診察室に向かうことが出来た。聴診と触診で、医者は私が消化不良を起こしていることを見抜いた。下痢が続いていることもだ。それに加えてマラリアの復活も疑われるとのことだ。今日、また熱を下げる注射と血液検査を受けることが分かった。安心した。治療の目処が立っているからだ。しかし、やはりまた注射なのか…全国のお医者さんを目指す皆様に伝えたい。どうか、その優秀な頭で注射をせずに薬を注入したり血液検査をする方法を考え出してください。
 私はほぼ半泣きであった。1年に1回の健康診断くらいでしか注射なんて打つことは無かったのに…またおケツにぶっ刺されるのか…しかし、本当の恐怖はこんなものではなかった。
 恐怖の部屋(注射を打つ部屋)に入ると、次の患者さんが入るのでクラリスは退室するよう言われた。それだけでも私の不安度は20%になった。まずは、血液検査だ。すると、腕に刺されると思っていたが、看護師さんは私の手の甲や手首の血管を探している。そんなところに打つのか。痛いではないか。ここで不安度40%。さらに看護師さんは両手の血管を見比べて、迷っている。日本でもそうだが、私は看護師さんを悩ませる血管の持ち主で、太いのか細いのか、はたまた肉に埋もれているのかよく分からないが、よく悩ませてしまう。ここで不安度45%。ようやく打つ場所が決まった。右手首である。クラリスがいない中、私はまたもや "No, nooooooo."「イヤダイヤダ」を繰り返し、もはや変顔のレベルの顔をして看護師さんたちを苦笑いさせた。そして、地獄の採血が終わったと思ったところ、私は信じられない光景を見た。実は、採血の前に、看護師さんはやたらテープを用意していた。そのテープを使って私の手首に注射を固定し始めた。ここで不安度80%。何をやっているのだ、さっさと抜きたまえ。危うく命令しそうになってしまった。しかし、ふと周りを見ると、他の患者さんも平然と針をぶっ刺されたままで座っていたり、ウロウロしていた。どういうことだ、と思っていると、この針の薬を注入するところに、今度は熱を下げる薬が入れられた。これがまた痛いのである。ここで不安度、いや恐怖度に変わって90%。針の痛みではなく、薬が入ってきたことによって血管が激しく浮き出てドクドクしているような感じなのだ。腕全体が痛い。しかも、何回入れられただろうか、というくらい、とにかくひっきりなしに薬が投入された。もはや見てなかった。凄まじい顔をしていたのだろう、笑顔になるようジェスチャーで言われたが、そんな余裕は無かった。
 何回目かの注入で、ついに限界が来た。もはや恐怖度は100%を超えていた。あまりの痛さと恐怖と、おそらく朝ごはんも食べずに来たので採血で貧血も起こしたのか、目の前がグラついた。座っていたのだが、自力で姿勢を保てなかった。男性看護師さんにお姫様抱っこでベッドに運ばれたことは覚えているが、そんなロマンチックなシチュエーションでも残念ながらドキドキする余裕は無かった。あえて言うなら、ドキドキではなく、血管がドクドクしていたくらいだ。
 しばらく気を失っていたと思う。と言っても10分くらいだと思うが。なぜ目が覚めたかというと、顔に違和感を覚えたからだ。目を開けると目の前にクラリスがいた。クラリスは私が寝ていることをいいことに、何と私の顔をつねって遊んでいた。
 
    "Maki~wake up. I need your smile."
 
これにはさすがに吹いた。よく病人に出来るなと思った。しかも、私の頭付近に座っているので、どおりで先ほどから頭がやたら沈んでいるなと思ったのだ。貧血を起こした旨を看護師さんから聞いたクラリスは、私のために飲み物を買って来てくれた。おかげさまでだいぶスッキリした。まだ薬の注入が終わっていなかったのか、今日最後の注入を済ませ、少し休んでから帰ることになった。何と、明日は血液検査の結果と薬の手配もして、往診に来てくれることになった。安心だ。と思ったら、どうやらまた明日薬を注入されるらしい。同じ箇所に打つ必要があるとのことで、何と今、信じられないことに、帰宅してもなお、私の腕には針がぶっ刺さったままなのである。なるほど、だから比較的動きの少ない手の甲や手首に刺す必要があったのか。
 

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ぶっ刺さったままの針。青いキャップを取ると、薬の注入口があり、そこから薬を投与する。
 貧血を起こしているので、バイクタクシーに乗ることに不安もあったが、これまた幸か不幸か、水たまりを避ける運転は少々危険なため、不安より身を守らなければという意識が先行する。そのため、しっかりと意識を保って無事に家まで着いた。
 クラリスは、仕事の予定があったのに私のために全ての予定を繰り下げてくれて、最後まで私に付き合ってくれた。バイクタクシーを見つけるまでの道中、おんぶしてやろうかと言われたが、針がぶっ刺さったままの状態では怖いので辞退した。バイクタクシーに乗っている間は、万が一泥水が跳ねて私の手首にかかったらと心配したのか、クラリスは自分の白いスカーフで私の腕を優しく巻き、守ってくれた。昼ご飯まで作ってくれて、仕事に向かった。
 美味しいご飯を食べた後、休息のために寝た。すると、大量の汗をかいた。解熱に向かっているようだ。その間、クラリスから何件も着信があった。昨日もそうだったが、クラリスは仕事中にもかかわらず、私に、
 
    "Are you OK? Do you still have a fever?"
 
と聞いてくれる。
 
    "I'm OK. You are at work, aren't you?"
 
と聞くと、
 
    "Forget about work."
 
と言われた。     
 夜になると、すっかり良くなりパソコンでの仕事も出来た。しかし、このぶっ刺さったままの針、実は意外と慣れると違和感は無い。うっかり力むと少し痛むが、意識しなければどうってことない。願わくは、クラリスがうっかりこの上に座らないことと寝ているときに寝返りをうたないことだ。
 私が病院に行ったことを聞きつけたご近所さんが見舞いに来てくれた。ジェスチャーで大丈夫かどうかを聞いてくれた。こういうところがベナン人の良いところだ。
 それにしても、ベナンに生まれ、ベナンに暮らし続けているクラリスマラリアに罹ったことが無いのに、どうして滞在1ヶ月ちょっとの私が罹るのかは非常に謎だ。マラリアに罹ったことを知った私の友人たちからよく聞かれるのは、「マラリアに予防接種は無いのか」ということだが、残念ながら予防接種は無いのだ。予防薬ならあるが、長期滞在には費用がかさむため非現実的だ。もう蚊に刺されないようにするしか無いのだが、どれほど気をつけていても刺されるときは刺される。そして刺された後に熱が出たら病院で血液検査を受ける。それくらいしか出来ることは無いのだ。自然治癒は出来ないので、治療をしなければ死に至る。恐ろしい病気ではあるが、少なくとも私は熱が出ればクラリスが付き添って病院に行ける手はずが整っているので、幸せである。
 日本にいたときは健康そのもので、ここ数年で大病といえばインフルエンザに1回罹ったくらいだ。2週間で注射を連投されるだなんて夢にも思わなかった。楽しくて面白いベナン生活だが、読者の皆様には恐ろしさも同時に知ってほしい。マラリアに罹る可能性は大いにあるということだ。
 私のために仕事を繰り下げたクラリスは、今日は帰宅が遅くなるとのことだ。私も安静にするべく、早めに休むことにした。