回復と Welcome to Africa と You have to eat more

 9月22日、雨季真っ只中のベナンは、夜中から明け方にかけてバリバリと雷が鳴り、バシャバシャと雨が降っていた。思わず目が覚めた。すると、クラリスもさすがに起きていた。雷もだが、滝のような雨の音も嫌いな私は、

 
    "I'm scared."
 
と可愛く言ってみたが、クラリスは鼻で笑って、
 
    "It's just water."
 
と言っただけであった。
 ようやく雷や雨がおさまったのは7時頃で、あまり良く眠れなかった。しかし、今日も、最後の注射をするべく病院に向かった。相変わらず道路は水たまりだらけで、バイクタクシーのドライバーは水たまりは避けるが、どうしても避けきれないときがある。もはや足元を気にしてはバイクタクシーには乗れまい。やむを得ず水たまりに突っ込むときは、少し足を上げれば良いのだ。
 病院に着くと、またすぐに案内してもらえた。恐怖の部屋に通い詰めるのも今日で最後だ。対応してくれたのは、またこれまでの2日間とは違う男性看護師さんであった。私とは初対面のはずなのに、なぜか私を見ながら、
 
    "Are you OK?"
 
と繰り返していた。よほど顔が死んでいたのだろう。OKではないが、とりあえず頷いておいた。そしてまたぶっ刺された。激痛がはしる。身をよじって逃げたかった。私がこんなに痛い思いをしているのに、私の顔がよほどウケたのかクラリスはヒーヒー言って笑っていた。しかし、これも今日で最後だ。今日、このぶっ刺さったままの注射も取れるのだ。と思っていたら、最後の注射が終わると、クラリスに、
 
    "Let's go."
 
と言われた。え、これはまだぶっ刺さったままなのか。私がクラリスの顔と自分の手首を見て訴えると、クラリスは察して、
 
    "You have to consult a doctor."
 
と言った。医者の診察で、外していいかが決まるということか。医者の元へ向かうと、またこれまでとは違う女性の医者であった。昨日から今日にかけての症状で留意することが無かったため、無事にこのぶっ刺さったままの注射は取っていいことになった。ということで、再び恐怖の部屋に戻った。いよいよ私の右手が戻ってくる。私の愛しい右手よ、と思っていたら、ベリっとテープを剥がされた。おい、もう少し優しく扱ってくれ。女性の肌はデリケートなのだ。しかし、テープを見るとムダ毛が抜けていたので良しとした。そしていよいよコアな部分、つまりまさしくぶっ刺さっているものを覆っているテープを取ろうとしたときに、医者がクラリスに何かを言った。クラリスが笑いながら訳してくれた。
 
    "Uh, maybe it's better not to see it..."
 
と、言ったのだが、看護師さんはクラリスが言い終わらないうちにテープを剥がし始め、私はうっかりそちらに気を取られて見てしまった。そして私の「ひええええええええ」が響き渡った。何と、刺されたときは恐怖のあまり目を閉じていて分からなかったのだが、想像以上にぶっとい針が刺さっていた。こんなものが入っていたのか。私の血管に。ビックリしたのだが、同時にこんなものが人間の血管に入るということを知り、人間の神秘のようなものも感じた。
 看護師さんは手際よく、私が「ひええええええええ」と言って目を逸らした瞬間に痛くないように針を抜いてくれたため、おかげさまで抜かれるところは見なくて済んだ。そして、ようやく私の右手が帰ってきた。まだ針の痛みが残ってはいるが、少なくとも寝返りは打てるし自由が効く。思わず右手を頬ずりすると、クラリスや看護師さんたちがヒーヒー言って爆笑していた。
 栄養を補わなければ、と言ってクラリスがバナナを買ってくれた。帰りもバイクタクシーにまたがり、スプラッシュマウンテンのごとく、水たまりに何回かはまった。雨も上がって晴れていた。病院を後にした私たちは水たまりに突っ込んでも上機嫌であった。バイクにまたがりながらこんな泥水にはまるのもアフリカならではのことだ。私が、
 
    "Welcome to Africa."
 
というと、クラリスがそれにリズムをつけた。そして、2人で
 
    "Welcome to Africa♪ Welcome to Africa♪"
 
と歌った。さらにクラリスは歌詞を増やし、
 
    "♬Can you swim in this water? Can you swim in this dirty water? No, I cannot. I want pure water. ♬"
 
と歌っていた。2人で爆笑しながら歌い、家に着いた。心も体も元気だ。もう病気ネタでBlogを書くこともこれで最後にしたいものだ。
  そして、家に着くとクラリスは私にバナナを2本食べさせ、さらに大量のパスタを作り、
 
    "You have to eat more."
 
と私の前に置いた。何てことだ。太らせる気か。しかし、針も取れて元気になって食欲が出てきたので、何とか平らげた。食べているときに、クラリスに、
 
    "How much money do I have to pay back to you?"
 
と聞いた。実は、こんなことになるだなんて予測していなかったため、私は十分なお金を持ち合わせていなかったのだ。医療費は高額であった。その分はクラリスに立て替えてもらっていたのだ。するとクラリスは、
 
    "I don't remember."
 
の一点張りであった。最初、冗談で言っているのかと思ったが、あまりにも教えてくれないため、頼むから教えてくれ、と懇願すると、
 
     "Maki, are you fine now?"
 
と聞かれた。あまりに突然であったため、一瞬返事に困ったが、
 
    "Ha? Yes, I'm fine...Why?"
 
と聞くと、
 
    "That's what I want to hear. If you have time to think about money, try not to get sick again."
 
と言われた。クラリスはいつもこうだ。ぶっきらぼうなところがあるが、ストレートに優しさを見せるときもある。結局いくら立て替えてもらったか最後まで教えてくれなかったので、来月生活費を2倍くらい払って返そうと思う。ぶっ刺さっていた注射は取れたが、今日は心にクラリスの優しさが刺さるように感じていた。