給料問題(Part 1)と日本の文房具とクラリスからのサプライズ

 11月28日(木)、今日は決戦の日である。誰とか。クレオパトラとである。何についてか。私の給料の未払い問題についてである。クレオパトラとは、私が勤める学校ベリの人であり、役職的にはディレクターにあたる人物である。私を雇った Mr. リオネルから指示を受けて、クレオパトラは私の研修のお世話をしてくれている。

 兼ねてから、私の給料のことは Mr. リオネルにずっと尋ねていた。いつからもらえるのか、いくら貰えるのか。それをはっきりさせないと、私はいつまでも自立が出来ない。しかし、いつ聞いても、何度聞いてもきちんとした回答がもらえなかった。
 ベナンでは、学校の先生の地位が高くなく、給料が正当に払われないということも多い。そのことに不満を持って、primary school(日本の小学校) や secondary school (日本の中学・高校)の先生がストライキを起こすことも多いらしい。積極的になりたいと思う職種ではないようで、結果として先生の数が足りず、大学生を雇うこともあるらしい。
 ベリはビジネススクールなので、primary school や secondary school とはワケが違うものの、ベナン人は総じて職がない。大学卒業の学位があるのに、無職の人が多い。国としては、ベナン人に給料や職が与えられないのだから、外国人の私に支払いが出来ないのもある意味理にかなっている。だから、ある程度は我慢しなければいけないと思ったし、覚悟もしていた。
 しかし、もはや待ちすぎた。Mr. リオネルにもクレオパトラにも、これまで何度も給料のことは尋ねていたものの、『今確認している。』『後で教える。』『まだ確定していない。』のどれかで、きちんとした回答が得られなかった。この状態が続くならば、もうベリは諦めて私は他の仕事を探すつもりであった。辞めるのであっても、帰国前に、せめて家からベリまでの交通費くらいは出してもらわないと、と思い動き出した。
 Mr. リオネルは多忙極まりなく、会うことすら出来ず、連絡をしても全く返信が返ってこないことも私の不安をさらに煽っていた。騙されているのではないか、とも思ったほどだ。だから、比較的返信があるクレオパトラときちんと話がしたいと、前々から言っていた。
 ところが、きちんと話をする場を設けるのにすら時間がかかった。ベナンでは、その日の予定はその日の明け方ごろに決まる。『明日の予定は明日決める。』という発想なのだ。だから、1週間後に時間を設ける、ということが出来ない。帰国前にもらわなければ、私は空港に向かうことすら出来ない。ということも伝えているのに、いつまで経っても話し合いが出来る手はずが整わず、さらにその間も、
 
    "I'll tell you later."
 
を繰り返して、結局返信が無いので、さすがにもう我慢の限界であった。元はと言えば、8月から仕事が始まる予定で、8月から給料も貰えることになっていた。口約束ではあるが、ベナンではそれが普通だし、口約束といえど、きちんとそう言われていた。それがずれにずれて4ヶ月が経過。4ヶ月かかっても納得のいく回答が得られないことに不満も感じ始めていた。
 ということで今日、ほぼ脅しに近い形で時間を取らせることに成功した。クレオパトラにはまず、私が給料が無いことで起きている問題について話した。クラリスに頼らざるを得なく、彼女は朝から晩まで働きづめになっているということや、私が学生時代に借りた奨学金の返済もあるので、無給ではやっていけないということ、その他諸々とにかく困窮状態にあることを訴えた。
 日本人は金持ちに思われているので、私もそうであると誤解されないように、全くもって恥ずかしいことであるが、自分が貯めてきたお金ではもうここで生き延びることは出来ない、とまで正直に話した。飛行機代も全て自分で出したし、奨学金の返済もしつつ、日本での税金も年金もまだ払っているというこの生活を、そう何ヶ月もすることは出来ない、と。ましてやもういい歳の大人なので、親に頼ることも出来ない、とも。
 きっと、日本からやって来た私はお金に余裕があって、何かあったら親が助けてくれて、という金持ちのボランティア精神でやっていると誤解されている節は少なからずあったと思う。ところが、私はボランティアなどでは断じてない。生活するのだから、無理矢理にでも給料を貰わないと困る。ましてや親には一切経済的援助は受けたくない。と言いつつ、日本で払いきれなかった税金がらみのものはいくらか立て替えてもらっているが。とにかく私は自立をしなくてはいけない。この状態が、自分のプライドにもかかわっているとも言った。
 少々バトル気味にもなったが、今の私がするべきことは、彼女との人間関係をなあなあに保つことよりも、ここで生きていくために給料を貰うことである。もちろん、あちらもこちらも大人なので、きちんと大人の喧嘩である。
 最終的に、クレオパトラはきちんと納得してくれた。基本的にベナン人は謝らないので、彼女からもここまで待たせたことに関して謝罪の言葉はなかったが、彼女からすると、「待たせた」という概念がないのだろうから仕方がない。そして、私が空港に向かうためのお金とベナンでのお土産を家族や友人に買えるように、という意味でその場でいくらかお金が手渡された。『私が欲しいものは、その場しのぎのものではなく、給料です。』と言うと、クレオパトラは、『分かっている。これとは別に給料を出す。このお金は返す必要もない。』とまで言ってくれた。もちろん返すつもりだが。Mr. リオネルにもこのことはきちんと報告をして、給料の支払いに向けてきちんと動くということも約束してくれた。これだけバトッたのだから、今度こそ本当に動いてくれるだろう。
 久しぶりにクラリス以外の人と喧嘩をした。疲れ切っていたところに、私のお抱え運転手であるパトリックがいつも通り迎えに来てくれた。この時間に家に戻ると、ちょうど日が沈む頃で、左手に夕焼け空が見える道を走る。この光景を見ることが好きだ。

f:id:MakiBenin:20191201205017j:plain

バイクタクシーに乗りながら写メを撮るという芸当を身につけた。

 私が家に帰ると、子どもたちが家から出て来て走り寄って来くれることが癒しである。この外国人を恐れることなく、というか外国人であるかを分かっているかも定かではないが、とにかく無邪気に懐いてくれるこの子たちを抱きしめ続けるためにも、この子たちとここで住むためにも、無給ではやっていけないのである。

 クラリスに事の顛末を話すべきか迷った。彼女はベリの卒業生なので、あまりベリのことは悪く言いたくない。クラリスはそんなことはどうでもいいから、ちゃんと話してくれ、と言ったので、全てを話した。給料未払いの件に関しては、兼ねてから彼女も驚いていた。ベリの先生たちが、言ったことを守らないだなんて、これまで無かったと。ましてや4ヶ月も待たせるなんて、やはり異常であるとも。外国人の先生はいても、アジア人を雇うことは初めてで、ましてや先進国から来たということが少なからず影響しているのだろう、と。
 夕ご飯はあまり食べる気になれなかったが、せっかくクラリスが作って待っていてくれたので、いただくことにした。食べているときに、クラリスがふと、私のペンケースに入っているペンを見て、
 
    "How much is it?"
 
と聞いて来た。それは、日本の100均で買ったものだ。すなわち、100円である、と告げると、
 
    "Really!?"
 
と聞いてきたので、ペンケースに入っている100円のペンを取り出して、全て100円であることを告げると、
 
    "You can get this nice pen for 100 yen!?"
 
と言った。こっちで文房具を買うととても高い。ましてや、ペンはバラ売りではなく何本かまとめて買わなくてはいけないそうだ。1本あたりの単価も実は日本の方が安い。しかもこっちのペンは質が悪い。クラリス曰く、インクが途中で固まるので1本を使い切ることが出来ないそうだ。そう言えば、と思い出したのだが、ベナンの空港職員ですら私が日本のペンで書類に記入しているときに『そのペンが欲しい。』と言ってきたことがあった。ベリでも日本のペンが欲しいと言われたことがある。ペンは無いがクリップならある、と言うと、彼は他の人に日本のクリップをもらったと自慢して歩き回っていた。厳密に言うと、そのクリップは日本の製品では無いが。
 クラリスフリクションのマーカーを渡し、使い方が分かるかを聞いてみると、バカにするなという顔で紙に試してみた。何かを目立たせるためにこれを使うんでしょ、とドヤ顔で言ったので、逆側の先端にあるゴムの部分は何に使うと思うかと尋ねてみると、『これ使い道あるの?』と聞いてきたので、ちゃんと役割がある、と言うと、少し考えた後、今自分が試しに書いてみたマーカー部分を擦り始めた。そして、消えるということが分かると、激しく頷きながら、
 
    "If I make a mistake, I can erase it!"
 
ととても嬉しそうに使っていた。さらに、一度 Mr. リオネルとクラリスの前で使って見せた小さい修正テープの値段も聞いてきたので、それも100円であることを告げると、
 
    "Are you serious!?"
 
と身を乗り出した。あの修正テープは、Mr. リオネルもビックリしていた。私が取り出したとき、私がそれを何に使うかも分かっていなかった。しかも、2人共どうやら日本の製品ならばどうせ高いと思っていたらしい。その魔法のような修正テープが100円で手に入るならば、こっちで売りたいのでぜひ買ってきてほしいとクラリスにお願いされた。しかもクラリスは、これ見よがしにベナン人の前でこの修正テープを使い、皆が注目して『何これ!?』と言ってきたところで、『これ?実はね』と言って、セールスマンに早変わりするつもりらしい。これ見よがしに、と言うが、その修正テープは何か書き間違いがないと使う出番がないんだけど、と言うと、
 
    "Even if I don't make any mistakes, I'll use it in front of them!"
 
だそうだ。無駄遣いをするな、と言いたい。
 他にも、折りたためる定規や、ペンケースに入るサイズのホチキスや色とりどりのクリップ、さらにクラリス家のダイニングテーブルにあるお茶や砂糖を入れているプラスチックのケースや掃除道具すら日本では100円で手に入ると分かるや否や、
 
    "I thought everything was more expensive!"
 
と言っていた。教育に関するプロジェクトを2人で一緒にやろうと言っているのに、いつか私は、日本から100均の商品を輸出するよう命じられるのではないかと不安である。
 食べ終わって、リビングでボーッとしていると、クラリスが背後から何やらカサカサと音を立てて近づいて来た。そして、おずおずと私に何かを差し出した。一瞬、それ何であるかが分からなかった。あまりにも突然で、そこに書かれていた英語のメッセージも頭に入ってこなかった。そこには、
 
    Thanks for your help Maki
 
と書かれていた。
 
    "Why!? Today is not my birthday!"
 
と言うと、
 
    "You have done everything for me. We couldn't have succeeded our crowdfunding without you. You helped me, not only me, but children in Benin. Of course a lot of supporters helped us, but Maki, you are the biggest supporter for me."
 
その品は、見たことがある。先日ベリに招かれていた、アメリカのとある起業家にベリからのプレゼントとして渡していたものだ。手作りだし、凝っているし、何よりオーダーメイドなので相当高いと聞いている。クラリスの知人で、まだ大学生だそうだが、腕は確かのようだ。その高いプレゼントを、クラリスはこっそりと作ってもらっていたのか。私とクラリスの組織名、CHILDREN EDUC. BENIN という文字と、ロゴも入っている。正直、クラリスにこのロゴと名前を提案されたとき、最初はあまり気に入らなかった。でも今は、よくよく見るとこのロゴが何だか日本の日の丸にも見えるし、シンプルで良く見えてきた。何より、クラリスがこっそりとこれを用意してくれていたことが嬉しかった。最近また仕事を頑張っていたのは、これのためだったのか。感情的ですぐに怒ることも多いが、いつもどストレートに感謝の気持ちも表すクラリスに、泣けてきた。

f:id:MakiBenin:20191201204924j:plain

クラリスからのプレゼント。
 その日の夜、クラリスがクラファンが終わってからせっせと何かを記し続けていたノートが無造作に置いてあったので、見ても良いかと尋ねて見せてもらった。それは、クラファンの進捗状況や記録をまとめたものだった。

f:id:MakiBenin:20191201210327j:plain

クラリスのクラファン記録用ノート。
 フランス語だったので、何が書かれているかは分からないが、1箇所だけ分かったところがあった。私の名前と、クラリスが最初に覚えた日本語が、ローマ字で書かれていた。基本的にベナン人は謝らない。でも、「ありがとう」とは何度も言う。

f:id:MakiBenin:20191201210121j:plain

 クレオパトラとの喧嘩で疲れ切った私の心と体を癒すには十分だった。こちらこそありがとう、クラリス