給料問題(Part 2)とお土産

 11月30日(土)、昨日夜遅くに戻ってきた私たちは疲れ切っていた。片道4時間かけて農村部に行き、また4時間かけて戻ってきたのだ。夕ご飯も食べる気になれず、2人ともシャワーを浴びた後は真っ直ぐにベッドに向かった。

 目覚ましもかけず、寝られるだけ寝てしまえと思っていたところ、クラリススマホが鳴って起こされる羽目になった。しかも、電話の主は私の雇い主、Mr. リオネルであった。
 クラリス曰く、今すぐにコトヌーのとある建物に来いとのことだ。私は彼に対して、私の給料未払い問題を巡って不満を持っていた。メールをしても返信が無く、不信感すらあった。そこに来て、いきなりのこの呼び出しにさらに私は不満が募った。しかしクラリスは、給料の話になるはずだから、不満だろうが何だろうが行くべきであるということと、ベリを辞めるにしても辞めないにしてもまずはしっかり貰えるものは貰っておくべきだと言って私を無理矢理にでも連れて行くつもりであった。
 ちなみに、なぜ私に直接電話をしてこないかというと、私が現地の携帯を持っておらず、彼との連絡手段が WhatsApp のみだからだ。そして彼は、WhatsApp 上の電話はさらに通信状態が悪いので嫌がるのだ。だから、私に何か用があるときはクラリスに電話をかけてくる。
 クラリスの言う通り、とりあえず貰えるものは貰いに行かねばならないので、不満を抱きつつも指定された建物に向かった。この日は、ここ最近の中でもさらに暑く、クラリスのバイクに乗ってコトヌーに向かっている30分ほどで、すでに私は汗だくになっていた。到着すると、少し待てと言われたので、炎天下の中30分ほど待った。そしてついに建物の中に入って来いと言われたので、立ち上がると、見事に立ちくらみを起こした。朝ご飯も食べず、炎天下で待ち続けていたので貧血みたいなものを起こしたようだ。椅子に座って休んでいる間に、クラリスが飲み物を買って来てくれた。てっきり水を買ってくるかと思いきや、水とファンタとリンゴを1つ買って来た。なぜファンタ?なぜリンゴ?と1つずつ突っ込むと、糖分が足りていないだろうから、だそうだ。リンゴはここでどうやって食えというのだろうか。しかも、私が水を飲もうとすると、ファンタにしろ、と激しくファンタを勧めてきた。
 連れてこられた部屋には、ベナン人男性が2人いた。今からクラリスとMr. リオネルと彼らで話をするので、同じ部屋の中にある椅子に座って休んでいてくれ、と言われた。フランス語の会話だったので、何を話していたかは全く分からないが、後から聞いた話によると、どうやら Mr. リオネルが私たちのクラウドファンディングのことを知り、とても良いプロジェクトになるので、それを知人に紹介したようだ。そして、詳しい話をクラリスに説明させていたそうだ。クラリスもそんなことになっているとは知らなかったらしい。まだ私もクラリスもはっきりしたことは分からないし、今後どうなっていくかも全く分からないので、彼らがどんな人物であるか、彼らに何を言われたかはまだ明かすことは出来ないのだが、とりあえずベナンの教育問題の是正に向けて動いている私たちに、彼らが興味を持ってくれたことは間違いない。
 1時間ほどでこの会合は終わり、今度は Mr. リオネルにとあるレストランで待つように言われた。指定された場所に向かい、メニューを見ておったまげた。3000セファが最低ラインで、まともに食べようと思ったら5000セファ以上だ。彼が奢ってくれるのならば遠慮なく食べるが、そんな確信が無いので、私たちは彼が来るまで待つことにした。
 しかし、待てど暮らせど彼は来ない。さすがに怒りの頂点に達し始めていた。私たちのプロジェクトのことを紹介してくれたことは感謝をしているが、それとこれとは話が別である。給料の件だけでなく、炎天下の中外で待って貧血を起こし、今はレストランで待っているもののすでに2時間ほど経過している。貧血からは回復し、腹も減ってきた。人をこれほど待たせているのに何の連絡も入れない彼にはもはや不信感しかない。クラリスにも何度も、
 
    "Let's go home."
 
と申し出たが、クラリスは頑として動かなかった。
 
    "You have to get the salary. We should wait until you get it."
 
と言って。確かにそうなのだが、これ以上自分の時間も無駄にしたくない。
 2時間以上待って、完全に昼時が過ぎたときに彼は同僚を伴って登場した。何も食べていなかった私たちに、
 
    "Why didn't you eat anything?"
 
と聞いてきた。それよりも言うべきことがあるだろう、と思い、私はついに言った。
 
    "Excuse me, before saying that, you should say sorry to us."
 
と。しかし、これが私の失敗であった。ここがベナンであることを忘れていた。これを言った後の彼の言葉を聞いて、私はベナンのこと、いや彼のことが分かっていなかったと知った。彼曰く、彼は「◯時まで待て」とは言っていないのだから、帰りたければ帰ればいいし、待ちたければ待てば良い。時間を無駄にしていると思うのならば、無駄にしないように過ごせばいい、とのことだ。仮に私たちが帰ったところで、彼は何とも思わない。怒りもしない。だから彼には、「待たせている」という概念が無いのだ。従って、謝る必要も無い、と。
 彼は私の上司なので、日本の感覚でいうと、上司の言うことは絶対である。だから帰りたくても待っていた。しかしベナン人にとっては、というか彼にとっては、待つという行為は自発的に行う行為だそうだ。だから、自発的に待っていた私たちに謝る必要は無いということだそうだ。
 分かるようで分からない彼のマインド。そもそも、給料に関してもこれほど「待たせている(私から見て)」にもかかわらず何も謝罪が無いのだから、マインドが違うということは分からなければいけない。久しぶりに思いっきり異文化にぶつかって困惑した。
 ただ、その後話し合いを重ねて、彼は交通費に関しては今この場で払うと約束してくれた。通常、ベナンでは交通費は給料の中に含まれているのだそうだが、私の金銭的な事情と研修の内容が家でも出来るようなことであり、わざわざベリに出向かなくても良かったということを認めてくれたのだ。クレオパトラには毎日来るように言われていたので通っていたが、Mr. リオネルとしては交通費を払ってまで来させる必要はなかったと。クレオパトラにその点を伝えていなかったことが、自分の落ち度であったと認めてくれた。そして実際、10月からの交通費は私の目の前でしっかりと払われた。後からクラリスに言われたが、これはかなり珍しいことだそうだ。権威ある Mr. リオネルが自分の落ち度を認めて、給料とは別に交通費を払うことも通常では有り得ないとのことだ。そして、この交通費とは別に3ヶ月分の給料も払うと約束してくれた。私としては十分に満足であった。給料は正直1ヶ月分しか無いと覚悟していたが、私がいかにお金がないかを知って、彼なりに気を遣ってくれたのではないかと思う。次の月曜日は特に研修としてやることがないため、無駄にお金を使うことが無いよう家にいて良いと言われた。そして、月曜日か火曜日には給料をもらえる手はずを整えると約束してくれた。
 言いたいことを言い合った後は、いつも通りの関係に戻ったと思う。今は別にクレオパトラも Mr. リオネルに対して恨む気持ちも怒りもないし(あちらはあるかもしれないが)、長らく私をモヤモヤさせていたものが晴れたような気がする。残るは、本当に月曜日か火曜日にきちんと給料が入るかどうかである。
 その後、Mr. リオネルがご飯代を出してくれると言ってくれたので、遠慮なくハンバーガーを注文した。ここはコトヌーなので外国人が多い。いかにも欧米人が好みそうなどデカイハンバーガーが来てビックリしたが。そして中にはこれでもかというくらいにマヨネーズが塗りたくられ、フィッシュバーガーであるはずなのに魚の味がしないほどバターにまみれていた。クラリスは待ちくたびれて空腹も感じなくなったのか、食べ物を注文しない代わりにお茶を頼んだ。そしてそれが5000セファであることを知るや否や、我先にとポットを取り、自分のところになみなみと注ぎ、一滴も無駄にしないように飲み干していた。
 帰る頃にはすっかり夜になっていた。本来、今日は夕方頃にはコトヌーを離れ、そのあとに私はお土産を買うべくスーパーに向かう予定であった。日本に手ぶらで帰るわけにはいかないので、お金は無くてもその分はちゃんと貯めていた。クラリスは、ベナン産のものが置いてあるスーパーに2軒寄ってくれた。そして、無事に日本にいる家族や友達にお土産を買うことが出来た。皆私の金銭事情を知っているので、お土産は買わなくていいと言ってくれたが、ぜひベナンを身近に感じてもらいたいので、無理をしてでも買って帰ると決めていた。
 クレオパトラとMr. リオネルと、2度に渡るバトルで、お金がないアピールは何の自慢にもならないが、明け透けにいかに自分がお金を欲しているかを馬鹿正直に話したことも、結果としては良かった。最後に Mr. リオネルに言われたことなのだが、ベナンでは奨学金に限らず、人からお金を借りても返せない、もしくは返さない人の方が多い。その中で、学生時代に借りた奨学金の返済をし続け、その返済のためにベリから何としてでも給料をもらおうとしている私に、
 
    "I find your integrity in you."
 
だそうだ。自分としては、借りたものを返すというのは当たり前のことであると思っていたが、その当たり前のことをやっているというアピールをしたことが結果として功を奏したので良かった。
 給料をもらえたことで、もはやただの観光客でもなく、ゲストでもなく、ボランティアでもなく、ベナンに「住んでいる」人間として認めてもらえたような気がする。本当にベリにちゃんと雇われて、ベリの先生として迎え入れられたという自信にもなった。今日 Mr. リオネルから手渡しで交通費がもらえるとは予測していなかったし、お土産代は別でちゃんと貯めておいたのだが、結果としてお土産はそのお金で買ったようなものだ。家族にも友達にも、『自分で稼いで買ったお土産です。』と言えることになって、本当に良かった。