スクールバッグ購入とデリバリーサービスと不思議な素敵な人
9月16日(水)、今日も朝から ATM に向かっている。今日は、スクールバッグを買うのだ。そのためのお金を下ろすのだ。ただし、今日は買いに行くのではない。デリバリーサービスを使うのだ。
ベナンにそんなサービスがあるなんて知らなかった。いわゆる、宅配というやつだろう。現地人のクラリスでさえ、それを使ったことはないと言っていたが、クラリスの恩師である Mr. リオネルが、その存在を教えてくれたのだという。時間も節約出来るし、重い荷物を運ぶ必要も無い。
幸い、ATM は、新居の近くには歩いて行ける場所にあるという。クラリスは、自分が仕事に行っている間に、私一人で ATM へ行き、そして午後に私一人でその宅配を受け取る流れはどうかと提案した。
良いと思ったが1つ難点があった。私は新居に移ってからほとんど出歩いていないので、この辺りのことは全く分からない。おまけに超方向音痴であることはクラリスも分かっているので、とても心配していた。ATM の場所は、全くもって分かりやすい場所にあるのだが、それでもクラリスはやはり心配であったのか、
"Do you want to go with me? After we come back, I'll go to work."
と言った。要は、朝クラリスが仕事に行く前に2人で一緒に行こうということだ。確かに、そっちの方が安心だ。
まず、白状すると、私は今自分が何階に住んでいるのかすら分からない。引っ越し当日は、暗かったし、言われるがままに階段を登ったので、何階上がったのかを数えていなかった。
ということで、朝ご飯を中断して、ATM に向かった。ほう、明るいときに見ると、こういう風景だったのかと今更ながら思った。昨日も朝通った道ではあるが、そもそも道を覚えようと思っていないから、そんなに目に焼き付けていなかった。
ATM は、歩いて10分くらいのところにあった。確かにクラリスの言う通り、左側にあった。クラリスと一緒に道を歩くとき、クラリスは前を歩きたがる。ベナンでは、道路事情が非常に悪く、ところどころ陥没しているし、側溝もゴミだらけだから万が一ハマったら大変なことになる。だからクラリスは、自分が通った安全な道を私に歩かせたいのだ。
これは本当に大事なことで、うっかり歩きスマホなんてしていたり、よそ見なんてしていたら大怪我の元だ。歩道を歩いていても、バイクは御構い無しに歩道も走るから、下手したら死ぬ可能性だってある。だから今日も1列になって歩いていた。時折クラリスは、思い出したかのように後ろを振り返る。そういえばこいつと来たんだな、という顔をして、文字通り「思い出したかのように」であった。
"I'm following you."
というと、ガハハハと笑っていた。
ATM に着くと、ガードマンが昼寝をしていた。いや、朝だから昼寝ではないか。ベナンの ATM の前には、ガードマンがいる。ATM だけでなく、大型のスーパーにもだ。しかし、大抵仕事をしていない。この国の七不思議の1つなのだが、ガードマンがいるということは、強盗を働く輩がいるということだ。それは日本に比べたら確かに頻繁に起こっているのは間違いない。ところが、私が見てきたガードマンは、大抵は寝ているか、スマホを見ているか、音楽を聴いているか、踊っているか、ナンパをしてくるかのどれかだ。まあ、もちろんいるだけで抑止力にはなるのだろうが、いざ強盗がやって来たときに対応出来るのだろうか。不思議な国、ベナン。
今日は無事にお金を下ろすことが出来た。来た道を戻ろうとすると、
"Maki, guide me."
と言った。私がちゃんと道を分かっているかどうかを確かめるために、今度は私が前を歩けということらしい。任せろ、朝飯前だ、と思って、ずいと前に出た。特に銀行から出た人は、お金を持っているのがバレバレなので、狙われやすい。車道である左側にバッグを持つと、そのままバイクでひったくられる可能性もあるから、右側に持ち、しっかり握った。足元と前をよく見ながら歩いていると、気がついたらクラリスが横を歩いていた。全然私のガイドの役割が果たされていない。何か考え事をしているのだろうか。険しい顔をして、黙々と歩いている。不思議な人、クラリス。
家に帰ると、クラリスはすぐに仕事に向かった。お昼過ぎくらいに、頼んでいたスクールバッグが届くという。クラリスは、届けに来る人には絶対に家を知られたくないから、部屋の中に入れるなと言っていた。彼が家の前まで来たら、クラリスに電話を入れ、クラリスが私に電話をして、私が下に降りて、ゲートで受け渡すという算段だ。電話番号を聞かれても、絶対に答えるなと念も押していた。
電話が来た。いよいよだ。ベナンのデリバリーサービスとは一体どんなものなのか。佐川急便みたいな人が来るのだろうか。ワクワクしながら下に降りると、それっぽい人がいた。ゲートの前をウロウロして、私を探していたようだ。クラリスが、私が英語しか通じないことを言っていたのだろうか。彼は英語で、
"I was looking for you!"
と言った。幸い、英語が通じる人であったようだ。金額はすでに決まっているが、クラリスは、彼の前では絶対に余計なお金を見せるなと言った。最終見積書を見せてもらい、金額を確かめてから部屋にお金を取りに行くのだ。その際、絶対について来させるなともくどく言われた。そして、ぴったりのお金だけを持って、彼に渡した。何も揉めることはなく、彼は去って行った、バイクタクシーに乗って。そう、ベナンのデリバリーサービスは、ただ配達人がバイクタクシーに乗ってやって来るだけであった。その背中を見送りながら、この大量のバッグをどうやって運んで来たのか、その瞬間を見逃したことを悔やんだ。お得意の頭上乗せだろうか。それとも、運転手の前だろうか。明らかに運転手の視界が遮られると思うのだが。事故は多いくせに、こういう危険な運転はやめない。不思議な国、ベナン。
この超ヘビーな袋をどうやって部屋まで上げようか。抱えることは無理だ。ならば、引きずるしかない。ということで、ズルズルと階段でも引きずりながら上まで運び上げた。ものすごく体力を使った。
開けてみると、言っちゃ悪いが味気ないバッグが現れた。しかし、クラリスはとある魔法を加えて、このバッグを世界で1つだけのバッグに変えるのだと言う。クラリスにその計画を打ち明けられたとき、本当にそんなこと出来るのか、とても不思議であった。バッグが届いたことをクラリスに伝えると、クラリスは早速その計画を実行に移し始めた。
毎度毎度クラリスの交渉力には驚かされる。この計画も、人にお願いをしないといけないものなのだが、クラリスが自腹を切るそうだ。しかし、通常の価格よりだいぶ下げてもらっているそうだ。割と大掛かりな魔法だと思うのだが、どうやってクラリスは頼んだのだろうか。あまりにも素敵過ぎる計画なので、完成してからお披露目しようと思う。
自腹を切ってまで、この味気ないバッグに魔法を加えて、このプロジェクトを彩ろうとしている。素敵な人、クラリス。