月と曜日と『んー』

 2月19日(木)、今日も primary school での授業がある。午後からなので、朝のうちに洗濯を済ませるために早起きをした。しかし、暑い。乾季はこんなにも暑いのか。日本が真夏のときはベナンの方が涼しいと思ったが、今は日本の冬が恋しい。気温が下がらず、洗濯物は一発で乾くから良いのだが、ちょっと外に出ただけで汗だくである。家の中はサウナみたいになる。体力がいつもよりも早く奪われている気がする。

 primary の教室に到着すると、また子どもたちは笑顔で歓迎してくれた。今日は余裕があるのか、ランドリーも一緒に教室にいてくれるとのことだ。今日の授業では、月や曜日の言い方を教えることになっている。
 昨日ランドリーに、『明日は月と曜日の言い方を教えてほしいから、良い歌を探しておいてくれ。』と言われ、家に帰ってからひたすら YouTube を漁りまくっていた。ここで、教材作成に携わる方にぜひお尋ねしたいのだが、アフリカの子どもたちにも使えるような、よりユニバーサルな英語教材はないだろうか。YouTube で「曜日、英語」などと検索をすれば、たくさん出てくる。しかもかわいくて、教材としても信頼性や妥当性があるものが。だが、そのほとんどを諦めざるを得なかった。なぜかというと、キャラクターが白人の学習者を想定しているのか、白人ばかり出てくるものであったり、12月の December の画面になると雪景色が出てきたり、7月や8月は海の絵になったりする。当然、ベナンでは雪は降らないし、ほとんどの人が見たことすらない。7月や8月は雨季になるので、海というか雨のイメージが強い。他にも、月を spring, summer, fall, winter で分けているものもあったが、そもそもベナンに四季はなく、乾季と雨季を繰り返すだけだ。白人が出てくるのが悪いということではないのだが、何となく「英語=白人」のイメージになりかねない。ましてやそれをアジア人の私が使っているわけだし。まだスペルと音が一致しない子どもたちにとっては、絵はインパクトがデカすぎる。雪景色を見てしまったら、確実にそっちに気を取られてしまう。出来るだけアフリカ(というかこの際ベナンだけでも良い)のコンテクストに合った題材が欲しいのだが、そんなものはあるのだろうか。
 曜日に関しては、ほぼユニバーサル仕様というか、逆に何の絵もない地味なのばかりにならざるを得ないのだろうが、まあとりあえず問題なかった。ただ、いずれも思春期を迎える男の子たちを相手にするには、ややキーが高い。女の子なら問題無く歌うことが出来ても、ちょっと男の子にはきついものばかりだ。
 とりあえず、ややキーが高いものではあるが、絵に関しては申し分なしの動画を見つけたので、それを使うことにした。今日教える子たちは、一番やんちゃな子たちかもしれない。人数が多いということもあって、私が教室に入ってからもなかなか静まる気配がない。するとそこでランドリーが、クラスの男の子に何かを差し出させた。出てきたものは、何と、竹刀。の短いバージョン。それを使ってランドリーは、机を叩いた。その刹那、子どもたちが一斉に座った。そう、ここで教えてからずっと気になっていた光景なのだが、ベナンでは体罰が当たり前なので、先生が常に棒切れのようなものを持っている。どっから出てくるんだ、この凶器は、と思っていたら、何と今日は、生徒のカバンから出てきた。なぜ、生徒が持っている。そして、なぜ、素直に差し出す。私は体罰は容認出来ないので、ランドリーが叩く前に慌てて子どもたちを静めさせたり、叩きそうになったら手で制しているのだが、この光景は本当にハラハラする。そして、先生がその棒切れを持っているというのに懲りずに騒ぐ男の子たちよ、こっちの気持ちも考えてくれ。
 ということで、ハラハラしながらスタートした今日の授業。まず、動画を見せる前に、月や曜日の言い方を確認した。今日が February であり Thursday であることから、次の月や明日の曜日などを確認していった。ランドリーはこのクラスではまだ月と曜日の言い方を導入していないと言っていたが、ほとんどの子どもたちはすでに知っていた。ここは私立なので、親の影響もあるのだろう。1月から初めて12月まで、あるいは12月から逆に遡って言ったり、6月から言わせてみたり、色々なバリエーションを持たせて確認してみたが、実によく言えていた。7〜9歳の子どもたちというが、ここまで知っているとは思わなかった。曜日の方もほとんどの子がスラスラと言えていた。ただ、日本人の子どもたちにとってもやや発音しづらい Thursday が、ベナンの子どもたちにも難しいようだ。Tuesday とごっちゃになっている。私の口に注目させ、th の発音を何度か練習したのだが、時折「サーズデイ」という s の音になった子もいたのが面白い。日本人と同じである。th を s で代用してしまうことはよくあることだ。まあ、今日は別に th の発音を何が何でも出来るようにすることが目標じゃないし、長い時間をかけて習得出来れば良い。ということで、子どもたちのお待ちかねの歌の時間が始まった。もう子どもたちは、私が Mac とスピーカーを持っていることを知っている。そして、それを開けば楽しい動画や歌の時間であることも分かっている。パソコンを開き始めた瞬間に後方の子どもたちは立ち上がり、というか机の上に立ち上がり、前方に座っている子は椅子を抜け出して前に来て座った。こんなにワクワクしながら何が始まるのかを楽しみにしてくれていて、昨日 YouTube を漁りまくった甲斐があったな、と思った。
 すでに月も曜日もほぼ完璧な子が多いので、動画を見てる間に口ずさんでいた。あっという間にリズムを習得出来るのもさすがである。この動画の良いところは、単調にならないように、「次は静かな声で言ってみよう」とか「次は大きな声で言ってみよう」「次はスピードを上げてみよう」など緩急があるところだ。さらに、月と曜日でシリーズになっており、出てくるキャラクターも一緒だ。そしてリズムは変わるので、やはり単調にならなくて済むところが良い。リズムがあるので、音にはめて英語が出てくるのも良い。そして、ややキーが高いところを子どもたちがまた勝手にアレンジしてキーを下げていたのが面白い。さすがアフリカ人。そして、慣れてくると手拍子やダンスをつけてくるところもさすがである。
 私が教えているクラスで一番年少のクラスなので、とにかく勝手に盛り上がってしまう。そして、その度にランドリーが棒切れを振り上げるので、私が『ひいっ。』と言う。今日はこれを何度繰り返しただろうか。
 ただ、ランドリーは決してただの怖い先生ではない。イケメンだし(関係無い)、運営力はすごく高い。子どもたちが前に出て発表するときに、どの子どもにやってもらうかはランドリーが選ぶのだが、実に良い組み合わせにしてくれる。また、アクティビティが円滑に効果を発揮出来るよう、バックアップもしてくれるし、時折フランス語でのアシストも入る。良いコンビだ、と勝手に思っている。

f:id:MakiBenin:20200311050329j:plain

覚えたての月と曜日の歌を発表している子どもたち。
 授業の最後の方になっても、相変わらず子どもたちの元気さが衰えないので、さすがのランドリーも静めるのに疲れたのか、棒切れを置き、子どもたちに手で唇をつかむように指示した。子どもたちは『今度は何が始まるの!?』と言ったワクワクした顔でランドリーを見ているが、まさかのランドリー氏、そのまま放置。子どもたちが『んー。』と言葉にならない声で喋りたいことをアピールしていたが、ランドリーはそれを笑って見ていた。ドSであった。しかし、その様子もまたかわいいのである。ちょっと意地悪したくなってしまった。子どもたちに、
 
    "You cannot open your mouth. But you have to answer my questions. OK?"
 
と言った後、
 
     "Do you love me?"
 
と聞いたら、子どもたちは一斉に手を離し、
 
     "Ye-----s!!"
 
と言ってしまった。そこですかさずランドリーが再び棒切れを持って、ただし笑いながら、
 
     "She said you cannot talk!!"
 
と言っていた。子どもたちはキョトンとしていたので、ランドリーがフランス語で説明した。そして私に目配せをしたので、どうやらもう一度聞けということらしい。
 
     "Do you love me?"
 
と聞くと、今度は手で唇を掴みながら『んー。んー。』と言って頷いていた。またその様子がこの上なくかわいいのである。しかも、この、手で唇を掴んで自らを黙らせるという行為を子どもたちが気に入ってしまったのか、今度は隣の子同士で『んーんー。』と言いながらよく分からない会話を始めてしまった。
 最終的に、私が、
 
     "Now you can talk. Open your mouth."
 
と言ってようやく手を退けた。その際、ぷはーっと息を大げさに吐いた子がいたが、別に呼吸をするなとは言っていない。こういうところが本当に日本の子どもたちと何ら変わらないなと思う。

f:id:MakiBenin:20200311052549j:plain

『んーんー』と言っている子どもたち。
 残念ながら来週はテスト週間で、水曜日は授業が無いそうだ。週2回、この学校に来るのがとても楽しみになっている。家に帰って、今度はどの動画や歌を使おうかと早速考え始めよう。