無一文の親孝行とコロナ禍にある外国人

 4月13日(月)、2週間の自宅待機期間もとっくに終了した。健康なのに外に出られないという謹慎みたいな期間であった。幸いなことに、家族も周りの人も含めて、誰も何の症状も出ていない。

 ところが、やっと外に出られると思ったときに緊急事態宣言が出されてしまった。残念ながら、お籠り生活は続く。日本に着いたときには、2週間後にインドア派になっていたらどうしようと心配をしていたが、実は少しなりかかっている。というのも、家にいたらいたで、なかなかエンジョイしてしまっていたのだ。

 何をしていたかというと、まず、久しぶりに趣味の料理に励んでいた。こう見えて、私は料理が好きなのである。美味いかどうかはさて置くとして、とにかく好きなのである。家族にベナン料理も振る舞ったし、普通の日本の家庭料理も作った。ベナンでは、コンロに着火するプロセスが危なすぎて、火がつけられず、結果として料理はクラリスに任せていた。よって、ベナンでは一度も自炊をしたことがない。料理好きの私にとっては、それがストレスであった。私にとって、料理とはストレス発散方法の1つなのだ。
 何がそんなに好きかと聞かれると、うまく説明出来ないのだが、これとこれ混ぜたらどうなるのか、と実験をしてみるのが面白いし、使ったことがない調味料を試してみるのも好きだし、珍しくかわいいことを言うと、自分が作ったものを家族が美味しいと言って食べてくれるのが嬉しいのだ。
 ベナンでの辛い、あるいはしょっぱい料理に慣れたのか、味覚が少し変わったようだ。うちには父と母という高齢者がいるので、塩分は控えめにしなければならない。私の味見はあてにならないので、味付けは母に任せた。
 昼間はスウィーツも作った。ケーキやクッキーの類は父の大好物でもあるので、朝起きるとまず『今日は何かデザートはあるのかな?』と聞いてくる。塩分や糖分を気にするくせに、甘いものはしっかりと食べている。
 もちろん、これが無一文で家にいる私なりの親孝行というやつなのだ。幸い、父も母も超がつくほどの健康ではあるが、一応高齢者だ。コロナウイルスがうようよと漂っている外に出させて買い物をさせるわけにも行かないので、買い物役も引き受けた。
 これが失敗であった。親の金だと思うと、次から次に自分が食べたいものを買ってしまった。当然、肉料理が多くなった。そしてそれは、みるみると私の体に吸収されていった。太ったかな、と思った頃にはすでに体重計に乗るのが怖くなってしまっていた。まあ、いい。9月にベナンに戻れば、イヤでも痩せるだろう。初めてベナンに行ったときも、前回ベナンに戻ったときも、最初の何週間かは腹を下した。多分、1ヶ月で5キロくらい落ちた。これぞ、ベナン式ダイエットである。だから、日本で栄養を蓄えておこう。気にせず太ることにした。
 ところで私は今日、とある人と会ってきた。緊急事態宣言も出されているが、こちらも緊急なのだ。先週、ひょんなことから、とあるブータン人の男性と知り合った。その人には、ベトナム人の彼女がいる。2人とも、日本に住んでいて、これまた偶然にも2人とも私が住んでいる街に近いところに住んでいることも分かった。彼らは留学生で、日本語を学んでいるという。その彼女が、病院に行く必要が出来てしまったのだが、付き添ってくれないか、とブータン人の彼氏に言われた。彼は何と一家で日本に移住しているそうだが、コロナに怯えてしまっていて、家族から外出を禁じられているそうだ。彼女は日本の病院にかかったことが無いので、色々不安なのだという。
 その話を聞いたとき、私はてっきり英語の通訳として同行してくれないか、ということだと思った。ところが今日、彼女と初めて会って病院に向かう途中で、彼女が日本語も英語も話さないことが分かった。もちろん日本語は勉強中とのことだが、ほぼ通じなかった。事前にメッセージのやりとりをして、病状などは聞いていたのだが、日本語はライティングやリーディングの方が得意で、スピーキングはまだ苦手とのことだ。だから、メッセージのやりとりでは彼女の日本語能力が高いものと思っていた。とりあえず、目的の病院に着き、受付の人に事情を説明した。自分はベトナム語は一切出来ない役立たずではあるが、とりあえず友人であり付き添いである、とも。
 幸い、ここの病院の人たちは皆親切であった。診察内容も、ゆっくりと簡単な日本語で説明をしてくれたのだが、通じないときはあの手この手で『◯◯って簡単に言うと何かしら?』と知恵を出し合って彼女に伝えた。コロナでどの病院も大変なときに、お医者さんて本当に立派だなあと思った。
 ところが、残念ながら今日は診断が出来ないとのことなので、来週また行かなければならないことになった。彼女は、一刻も早く処置をしたがっていたが、きちんと説明をすると、来週また行くことに納得してくれた。そして病院の方たちは、彼女が留学生であるということと、今後の診察や検査がやや高額になるということ、またこのコロナ禍で彼女がアルバイトが出来ていないということを知って、何と初診料を取らないでくれた。医療崩壊が懸念されている中で、この計らいは本当にすごいと思った。
 難点は、今後手術が必要になるかもしれないとのことだが、彼女は未成年であり、日本で処置をするならば、日本の法律が適用されるということだ。故に、未成年の彼女は親の同意を得なければならない。彼女は、ベトナムにいる親に心配をかけたくないから、それを渋っていた。来週の検査結果で手術が必要になった場合は、親に連絡を取らなければならない。その話になったとき、彼女の顔が沈んでしまった。彼女の気持ちが分かる気がする。私もベナンマラリアにかかったとき、絶対に親に心配をされるし、帰って来いとも言われるかもしれないと思って、いっそ黙っていようとも思った。異国の地に娘がいる、それも親が頼んだわけではなく、自らの意思で渡航を決めたという点で、彼女と私、彼女の親と私の親には共通点がある。ただ、手術をするとなると、話さないわけにはいかない。病院を出て、彼女と別れるときにも、親の同意は必ず取っておいてね、と念を押しておいた。
 雨が降っていて、4月にしては気温が低い寒い日であった。緊急事態宣言も出て、病院に行くことすらためらわれる日常生活で、彼女のように日本語が通じない外国人は、ここ日本でどうやって生きているのだろう。私もベナンでは外国人だった。もしベナンで緊急事態宣言が出ていて、人々は外出を禁じられていて、でも病院に行かなくてはいけない状態で、クラリスもいなかったら…現地語もフランス語も話さない私は、どうやって生き延びていただろうか。きっと今、彼女みたいに困っている外国人はゴマンといるんだろうな、と思った。