龍角散のアメと Maki-san とベッドにダイブ

 9月18日(金)、下痢で目を覚ました。ベナンに来て10日以上経過したが、下痢は時折起こっている。衛生面か、何かが合わないのだろう。初めてベナンにやって来たときも、下痢は毎日続いていた。しかも、あのときは別のお宅でホームステイをしていたのだが、私の部屋とトイレが非常に遠くて、真夜中に何度もトイレに行くのが大変であった。今の家は、寝室から簡単にトイレに行くことが出来るので、お腹を壊しても焦らなくて良い。

 ところで昨日、クラリスにとあるものを隠し持っているのがバレた。それは、龍角散のアメである。ベナンに発つ前に、友人からもらった。先生をやっていると、どうしても喉を痛めることが多いからだ。しかし、飛行機の中も乾燥するので、今回の旅のお供に連れて来たのだ。すでに開封しているし、帰りの飛行機でも舐めたいので、アメ好きのクラリスにはバレないようにしていたのに、ほんの一瞬、クラリスの目に触れるところに置いていたのを目ざとく発見した。
 昨夜、寝る前にクラリスにこう言われた。
 
     "I saw your candy."
 
ドキ、ギク。思わず笑ってしまった。さすが視力2.0、いや、それ以上は確実にあるだろう。クラリスは蚊帳越しにも私が寝ているかどうかを判断することが出来る。
 観念した。アメ好きのクラリスのことだから、きっとこのアメも試してみたいのだろう。しかし、そのアメというのは、龍角散のアメなので、クラリスが好きな甘いものではない。念のためそれを伝えた。
 
     "But this candy is effective when you have a sore throat."
 
と言った。すると、何が何でも舐めてみたいクラリスは、
 
     "Yes! I have a sore throat!"
 
と言った。急に風邪を引いたことにしたのか。『1つ?』と聞くと、指で「2」を示した。1つは今舐めて、1つは私の友達からもらったアメや他のお菓子の袋に入れて、キープするようだ。
 龍角散のアメは私は好きだが、クラリスにはそんなに美味しくないだろう。と思っていたら、何と非常に気に入ってしまった。色々なアメを舐めたが、これもベストに入ると。いつもベストの順番が変わるし、全てベストに入っているから結局どれもベストなのだが。
 クラリスはアメを舐めながら、幸せな顔をして寝ようとしていたので、私もベッドに入った。しばらくはクラリスがアメを舐める音が聞こえていたが、そのうち、バリッボリッと噛む音が聞こえた。ベナン人は歯が硬いのか、肉や魚の骨もバリバリと食べる。アメは噛むものじゃないんだけどな、と思いつつその音を BGM に2人でスマホをいじっていたら、音が止まった。寝るのかな、と思ったらクラリスは、消え入りそうな、しかし可愛い声で、
 
     "Maki, could you give me..."
 
と言った。思いっきり笑ってしまった。could you を使ってくるあたり、相当欲しいのか。ベッドから出て、もう1粒あげると、子どものように喜んでいた。
 その後、さっきと同じようにアメを堪能する音が聞こえ、噛む音が聞こえると、
 
     "Maki, I want..."
 
と言った。急いでスマホいじりを止めて、
 
     "I'm sleeping."
 
と言って、寝た。クラリスはしばらく、
 
      "Maki, are you sleeping? You are not sleeping, right?"
 
と言っていた。
 そして、夜、仕事を終えて帰ってきたクラリスは、ドアをノックして私に中からドアを開けさせる。鍵をしょっちゅう失くすクラリスは、あまり鍵を持って出歩かないのだ。今の家だと、寝室にいるとドアの音があまり聞こえない。また、聞こえたとしても寝室からドアに向かうまでに何秒かかかる。今夜も、クラリスのノックの音かな、と思って耳をすませると、クラリスが、
 
     "Kokoko, Maki-san!"
 
と叫んでいた。Kokoko というのは、現地語で「もしもし、すみません」の意味だ。玄関先で、主人を呼ぶ際に使う。「コ」というより、「コ」と「カ」の中間くらいの音だ。日本語では、名前の後に敬称として「さん」をつけるのを知っているから、時折こうしてふざけて私のことを Maki-san と呼ぶのだが、こんな夜にどでかい声で Maki-san と呼んで、恥ずかしくないのだろうか。まるで私が締め出しているみたいではないか。
 開けてみると、真顔のクラリスが立っていた。こっちは笑っているのに、クラリスは真顔でこれをやっていたのか。
 私の人生において、ここまで面白い人はいなかったし、クラリスを上回る人は今後も現れないと思う。日本人が笑うツボをしっかりおさえていると思うし、それを天然でやるから、さらに面白い。
 今日も寝る際に、誰かとベラベラと電話をした後、激しくベッドにダイブしていた。そして、ものの数秒で寝始めた。毎度、どこかに頭をぶつけて意識を失ったんじゃないかと心配になる。寝るだけで笑いを取るなんて、本当にすごいな、と思った。