4つの舌と教会とゴミ問題

 8月11日、早朝にいつも通り下痢で目が覚めてトイレに向かったあと、スマホを見たら友達からLINEが来ていた。見ると、失恋をしてしまったとのこと。私自身、何度となく彼女に色々と助けられたので、迷うことなく電話をしようと言った。クラリスがいるので部屋を移し、もらい泣きをしながら彼女の気持ちに寄り添った。ほどなくして電話を切ると、クラリスが起きていた。一緒に朝ごはんを食べていると、

    "Maki, why were you crying? Are you OK?"

と聞かれた。『私じゃない、友達がちょっと失恋してね』と言うと、彼女は最初『離婚』と勘違いをしてしまった。(ベナンでは私の年齢の女性はたいてい結婚しているからだ。) 『離婚じゃなくてね、好きな人と上手くいかなかったみたい。』と言うと、彼女はまん丸の目をさらに丸くして、おまけにビックリしたのかフォークを落としてこう言った。

    "Boyfriend!? Just boyfriend!? So, what is the problem? There are so many men in the world! Tell her. 'Go to the beach, take a picture and upload it in her facebook! . I'm sure he will see it.' "

    すごい剣幕であった。"OK. OK. I'll tell her."と言ってLINEを打とうとしているのに彼女はまだ言い足りないようだ。

    "Does she work?"
    "Yes, she earns so much money."

と言うと、さらにまくし立てた。

    "Tell her. 'You have work, you make a lot of money and you have a good friend, I mean Maki. So do you still need other things? Go to the world. Open your eyes.' "

だと言う。そこでまた、"OK. I'll tell her."と言ってまたLINEを打ち始めると、また彼女は喋り始める。

    "Tell her. Men have four tongues."

なんかだんだんオカルトじみてきたぞ。しかし4つの舌とはなんぞや、と思ってクラリスに聞いてみた。

    "Men can say the same sings to different girls. It's like 'I love you.' to one girl. But he can say the same to other girls."

だそう。なるほどね。なかなか面白い。しかし、クラリスが "Tell her."というわりに全然LINEを打たせてくないので、なかなか肝心の彼女に伝えられない。何分か後に、ようやく喋り尽くしたようだ。要はクラリスが言いたかったのは、『男のために泣くのはバカバカしい。』ということらしい。(全国の男性の皆さん、ごめんなさい。)
    そして、今日は日曜日のため、先週と同様、教会に行く日である。ただし今日は先週とは違う、歩いて10分ほどのところにある教会に行った。10時からだと言うので、9時50分には出たいとクラリスから言ったのにもかかわらず、彼女は9時30分に風呂へ行った。絶対に間に合わない、と思うであろう。しかもあろうことか彼女は40分に風呂から出てきたあと、またもや電話を始めたのだ。絶っ対に間に合わない、と誰もが思うであろう。ところが彼女は何回かに1回かはやってのけるのだ。決して高くない確率ではあるが、ほんの数秒前まで何の用意もしていないように見えて、突如 "OK. Let's go." と言い始めるのだ。そうでなければ大幅な遅刻だ。
    さあ、今日はどっちだ。…45分。電話はまだ終わらない。…47分。ついに来た。"OK. Let's go."の方であった。何と予定時刻の3分前ではないか。しかも教会に行くとだけあって、なかなかオシャレである。
    徒歩10分ほど歩いて、教会に着いた。先週もそうであったがとにかく子どもが多い。そしてここだけのことではないが、とんでもなく自分は見られている。そりゃそうだ。ただでさえ外国人を見慣れていないベナン人が、教会で外国人、しかも特に少ないアジア人を見ているのだから。教会の中に入るとよりいっそう見られる。一瞬自分が司教なのではないかと思ったほどた。
    新参者のくせに前の方に座った。クラリスがそこに座るのだから仕方あるまい。見られている、と感じなくて済むのも良い。礼拝は全てフランス語なので、何を言っているかは分からないが、今日は時折子どもたちが歌う場面があり、とても良かった。ソロパートを持つ子もいたのだが、ボイストレーニングを受けているのかとにかく上手かった。
    そして、先週もあったことだが、子どもがとにかく多いので、親と一緒の長椅子に座りきれないことがある。そういう時は、おそらく他人同士なのだろうが、前後の長椅子の空いているところにちょこんと子どもだけ座らせるのだ。今回は、私たちの長椅子の後ろで1人子どもが座りきれなかったようなのでクラリスが私たちの間のわずかなスペースにちょこんと座らせた。何ともかわいい女の子だ。やはり興味深そうに私をガン見している。真横にいるが、手を振るとガン見しながら手を降る。警戒しているようだが、頭を撫でてあげると、彼女の方から私の体に顔を埋めてきた。眠いようだ。しばらくその姿勢であったが、突如立ち上がって後ろの席に戻った。『やはりお母さんのとこが一番いいんだろうな。』と思っていたら、何と妹ちゃんを連れてきた。さすがに小さい子と言えど2人座るスペースは無いと思ったが、せっかく来てくれたので、妹ちゃんを膝の上に乗せた。すると、クラリスは先ほどのお姉ちゃんの方を膝の上に乗せた。妹ちゃんの方はさらに小さいが、やはり肌の色が違うことに興味を持ったようだ。ひたすら私の手や腕を触ってじーっと見ている。彼女の身近な人はきっと全員黒人なのだろう。それにしても、この小さな女の子(2歳くらいか)でも、肌の色の違いに気づくのか。何とも興味深い。その後、礼拝が終わり、姉妹ともバイバイをして昼前には家に帰った。
    夕方頃、クラリスが外の空気を吸いに出るというので、ついていくことにした。アパートの前に住人が何人かおり、クラリスと話に混じった。私とクラリス以外はシングルマザー一家である。一夫多妻制ゆえにご主人がいない、離婚など理由は様々だが、子どもが多く、とてもにぎやかでアパートはいつも明るい。当然、何をしゃべっているのかは分からないが、居心地は良い。何より、ママさんたちがとても私を愛してくれている。彼女たちも英語は喋らないが、"I love you."はご存知のようで、よく言ってくれる。クラリスが、"Why everybody likes you? I'm jealous." と言ったが、こちらにもその理由は分からない。とにかく私は人には恵まれるのだ。
 そして外に出て気づいた。ゴミが心なしか減っている…?外に出る度に私が胸を痛める光景なのだが、ベナンではとにかくゴミがそこら中に落ちている。お金を払えばどこかの団体が回収してくれるようだが、お金が払えないからこういう状況になっているのだ。ゴミをポイ捨てするシーンに出くわすのはもはや当たり前で、これだけはどうしても受け入れられない。出来るなら目の前で叱り飛ばしたいが、彼らとて、叱られたところでゴミ箱など無いのだからどうしようもないのだ。
 ところが、その道端のゴミがアパートの前だけではあるが減っている気がした。そしてなんだか焦げ臭い。クラリスに、

    "Somebody burned the garbage, maybe."

と言うと、

"I did it."

と答えた。『えっ、クラリスが?』と思って、なぜそうしたのかを尋ねると、
 
     "Because you hate that. I don't want you to see what you hate."

 クラリスは本当に私をよく見ている。私が外に出る度に顔をしかめるのを見ていたのだろう。
 道端でゴミを燃やすという行為は決して誉められた行為ではない。長期的に見たらおそらく周辺に住む私たちや動植物にも何かしら影響はあるだろう。だが、私は単純にクラリスが私のためにやってくれたことが嬉しかった。もちろん、クラリスが言うように、完全にゴミが無くなったわけではなく、"This is better."なだけだ。
 しかし、クラリスが私の好きなことだけでなく、嫌いなこともしっかり覚えていてくれたことが嬉しかった。思えば、はじめてショッピングに行ったときに、私がエコバッグを持参して、ビニール袋をもらわない主義であることも覚えており、彼女はそれ以来なるべくもらわないようにしている。
 このゴミ問題を解決するにはまだまだ時間がかかりそうだな、と少し気が滅入ってしまっていたが、私だけでなくベナン人であるクラリスがゴミ問題に意識を向けてくれた。未来は少し明るいような気がした。そんなことを、ベナンの夕暮れの空を見上げながら、男の子が立ちションをしている横で思った。