クラリスの異変とフランスの従姉
8月8日、いつものように目が覚め、いつものように顔を洗い、 いつものように朝ごはんを食べた。ベナンに来てから、 何も変わらない朝だ。ただ1つ、クラリスの様子がおかしいことを除いては。
昨日、仕事から帰って来てからクラリスが元気が無いのだ。 どうしたのか、と聞いても
"I'm too tired."
と言うだけで、多くを語ろうとしない。 わりと夜更かしをする彼女は昨晩早く寝ていたのに、 それでも疲れは取れなかったのか。
"I'll do it for you."
とクラリスは言ってくれたが、
"No, but thanks. I need to do it by myself to be independent."
と説き伏せて、教えてもらうことにした。
相変わらず元気は無いが、手洗い洗濯に関してはシビアであった。 スパルタとも言える。力が足りていない、 石鹸をもう少しつけてこすれ、水を使い過ぎるな、 ダメ出しを散々食らったが、 どうにかして干すところまで行き着いた。
いつも元気でおしゃべりなクラリスが元気が無いと非常に調子が狂 う。そこで、共通の友人であり、 彼女の同僚でもある男性に相談をしてみたところ、 昨日仕事上でちょっとした意見の食い違いがあったということだ。 彼女を元気付けるために、
"He is worried about you, too."
と言ったところ、これがとんでもない失敗であった。 ちょうどその時彼女は私に、koko(ココ) という飲み物を持って来てくれていた。 私の不用意な一言を聞くなり、 彼女は大げさなほどにため息をつき、より一層眉間にシワを寄せ、 私のkokoにどでかい角砂糖を2つ放り込み(通常1つでいい) 、 コンデンスミルクのようなカロリーの高いミルクを大量に流し込み (通常砂糖を入れたらミルクは無くて良い)、 だまーってスプーンでかき混ぜ始めた。元気が無い、ではなく、 明らかに機嫌が悪くなり始めた。 その後私は大人しくこのスーパーハイカロリーの激甘kokoをチ ビチビと飲んだ。
午前中は、フランスに住んでいる従姉と電話で話した。 従姉は大学生のときにフランスに魅せられ、 なんとそのまま現在に至るまでフランスに住み、結婚もした。 私も海外移住をしようとしているので、 彼女に色々と聞きたかったのだ。奇しくもフランスは、 かつてベナンを統治していた国だ。図らずも、 統治していた国とされていた国に住む従姉妹同士、 もちろん2人ともその時代に生きていたわけではないし、 我々に責任など無い。しかし、 だからこそ客観的に見ることが出来るのもまた面白い。 彼女は興味深そうにベナンのことを根掘り葉掘り聞いてくれた。 滞在1週間ではまだ話せるネタも少ないが、 興味を持ってくれていることは素直にありがたい。 アフリカと聞くと、 どうしてもネガティブなイメージがつきまとうものだが、 彼女は先入観なしに、 ある意味真っ新な気持ちで聞いてくれたのも嬉しかった。 フランスのことも色々尋ねたが、やはりイメージや先入観が先行して、実はフランスのことなど、知っているようで全く知らなかったのだなと思った。 日本にいるときはお互い遠くに住んでおり、 彼女がフランスに行ってからはより一層会う機会も減ったが、フランスとベナンは 地図上で見ると案外近い。 こりゃ確実に今の方が会える確率は高まったな、と思った。
楽しい従姉との電話を終え、昼過ぎにクラリスは仕事に出かけた。 その間に私もちゃっちゃとやることを済ませた。
私がベッドでゴロゴロしていたとき、彼女は風呂から出て来た。 何だか『カチカチ』いや、『ガチガチ」だろうか、 そのような音が聞こえて見てみると、 風呂から出て来た彼女が体を震わせ、 歯の音を鳴らしながらタオルを手にしている。そう、クラリスは、 というかベナン人は寒がりなのだ。 その様子がとても可愛くて面白くて、つい爆笑してしまった。 ところがクラリスは反応しない。 いつもなら私が何か彼女のことで爆笑すると彼女もつられて爆笑す るのに、だ。この上なく切なかった。
結局、今日1日彼女は復活しなかった。仕事上のこととはいえ、 恨むぜ、意見が食い違ったという彼女の同僚を。 私の生活は全てクラリスにかかっているのだ。 明日こそは復活してくれるだろうか。 クラリスの元気な顔が見たい。