初めての停電

 8月2日、到着3日目にしてアフリカの現実を目の当たりにした。クラリスと共に起きてすぐに停電が起こった。停電自体は前日にも起こったが、ほんの1時間ほどで復活した。しかし、この日は違った。
    朝は明るいので特に明かりがないことを苦に思わなかった。何より前日は1時間ほどで復活したので待てばすぐ明かりはつくと思っていた。ところが、クラリスが昼過ぎに仕事に向かってから、さて何をしようと思っても、自分がやることなすことには電気が必要なのだ。(大人しく電気を使わなくてすむフランス語の勉強をしていれば良かったのだが、その気が起きなかったのだ。) パソコンを使って何かを調べようにも前日に充電をしておかなかったため、できない。LINEで誰かに連絡をとろうにもスマホの電池も限られているため長々とはできない。モバイルバッテリーも電池が限られている。Wi-Fiは今にも電池が切れそう。…ということで、4月からの睡眠不足を解消すべく、もう寝てみることにした。クラリスは7時頃に帰ると言っていたので、十分に寝られる。この時2時半ごろ。
    …5時頃に寝苦しさのあまり、起きてしまった。電気はまだつかない。ベナンの5時はまだ明るいため、今のうちにシャワーを浴びておかないと、真っ暗闇の中でするはめになると思ったので、少し早いがシャワーを浴びることにした。暑いとはいえ、水シャワーは体に染みる。寒いほどである。いい感じにさっぱりし、再びベッドに潜り込んだ。まだまだ寝れた。
    しばらくして、ノックの音で目が覚めた。合鍵は無いため、クラリスが帰ってきたときはノックで知らせるとのこと。当然クラリスだと思って部屋を出た。すると、何と扉を開けて見知らぬ女性が私を手招きしている。目覚めたばかりの頭で状況判断が出来ない私は、言われるがままについていってしまった。彼女はクラリスと同じアパートに住む住人で、そこに私を招き入れた。何が何だかわからない私は寝ぼけた頭でついていってしまった。すると、片言の英語とジェスチャーで、"Clarrise come"と言った。後から分かったのは、この時8時を過ぎていたため、クラリスは帰りが遅くなることを私に伝えるために何度か連絡をくれたようだ。ところが私が爆睡中で出ないため、不安に思ったクラリスが彼女に様子を見に行ってもらうよう連絡したようだ。
    ということを全く知らない私は、徐々に目が覚めてきて、自分が見知らぬ女性の家に上がり込んでいる現実を理解しはじめた。そして気づいたのだが、彼女の部屋には電気がついていた。彼女の部屋だけでなく、クラリスの部屋以外は全て電気がついていたようだ。この事実に気づくと『これって、危ないんじゃないか…?』と不安になりはじめた。クラリスは、自分が留守のときに誰かが訪ねてきても出るなと言った。それなのに私は早々にその約束を破った。私は色々想像しはじめた。この女性は私を追い出す係で、私がいなくなったすきにクラリスの家に誰かが侵入しているのではないか。強盗か、はたまた家のどこかに隠れていて私が戻ったら襲うつもりなのではないか。そうするといてもたってもいられなくなり、彼女に簡単な英語とジェスチャーで、『戻りたい』旨を伝えた。彼女は少し驚いたが、戻らせてくれた。 
    クラリスの家に戻り、まずは貴重品がちゃんとあるかどうかを確認した。そして家のなかに誰もいないことを確認した。安堵すると同時にまた眠くなった。この前にも散々寝ていたが、何しろ電気がなく真っ暗闇の中では何もやることがないのだ。暗さも手伝って余計に眠さを誘発したのだ。
    するとまた、玄関をノックする音が聞こえた。また例の女性がいた。彼女にクラリスから電話がかかってきたので、私に取り次いでくれたのだ。彼女は本当にクラリスの友達だったようだ。そしてクラリスと話すと、やはり帰りが遅くなったということだ。1時間ほどで戻るというので、彼女に礼を言ったのち、再び寝ることにした。今思えば、単に暗闇が眠さを誘発しただけでなく、おそらく真っ暗闇で生活したことなど数分もなかった私にとって、精神的にだいぶ疲れていたため、一刻も早く横になりたかったのだと思う。
   その後、9時過ぎにクラリスがようやく戻ってきた。クラリスは帰りが遅くなったことを詫びた。夜ご飯を買ってきてくれたり、電気がまだつかないことをとても申し訳なさそうにしてくれた。クラリスのせいではないことは十分分かっているが、真っ暗闇の中で生活することにとても疲れきっていた私はご飯を食べる気力もなかった。クラリスは電気技師を呼んだが、どうしてクラリスの家だけ電気がつかないのかはわからないとのこと。明日また来るというので、この日はまた寝ることにした。電気技師は朝8時に来るとのこと。朝になればきっと電気がつく。朝まで待とう。
   朝になった。7時頃に目が覚め、いつものようにフランス語と日本語を教え合い、汗をかいたのでシャワーを浴び、電気技師が来るのを待った。朝8時と言っていたが、どうせ来るのはお昼頃だろうと思いきや、何と8時前に来た。クラリスは、電気技師たちが家にいる間は私に寝室にいるよう言っていた。友人でないため、信用が出来ないから、とのこと。念のため玄関近くにおいてあった財布や貴重品も全て引き上げさせた。彼らがやって来たため、私は寝室に戻った。
   そして今、クラリスのパソコンのわずかに残っていたバッテリーからスマホ充電させてもらい、残量29%の中、クラリスと電気技師の現地語での会話を聞きながらこれを書いている。明かりはまだつかない。何を言ってるかわからなかったが、とにかく難航していそうだ。そして、温厚なクラリスが突然怒鳴り始めた。電気技師も激しく言い返している。明らかに言い合いを始めた。そして、明らかにクラリスと電気技師だけでない人も加わっている。怖い。クラリスは叫び声に近い声をあげている。
   出ようか、いや、でもクラリスは出てくるなと言った。でもこれは緊急事態なのでは、いや、でもクラリスに任せておけば大丈夫か。出ようか出まいか迷っている間にクラリスが寝室に来た。大丈夫なのか、どうして金切り声を上げていたのかを問うと、クラリスは何てことないというように私を安心させてくれた。クラリスは金切り声を上げたつもりはないという。あれが普通の会話なのか…?クラリスは、暗闇の中にいさせることを申し訳なく思ったのか、リビングに行くことを許してくれた。ああ、外は明るい。そうだ、この明かりを求めていたのだ。
    リビングに来て何となく状況が読めてきた。配線ごと取り換えなければならない大がかりな作業だったようだ。これ以降、クラリスと電気技師とで揉め事はなく、また、近所の子どもたちもクラリス家に入ってきて、にぎやかで平和になった。
    …にしても長い。朝8時前に来て、昼近くまでかかってもなお作業は終わっていない。クラリス
 
    "I don't know why it takes so much time..."
 
と言い始めた。
 
    "Are they professional, aren't they?" *theyとは「電気技師」のことである。
 
と聞くと、
 
"Maybe"
 
と言った。(プロじゃない可能性があるのか。)そしてクラリスは現地語で彼らに何かを尋ねた後、私にこう言った。
 
"Yes, they are professional." 
 
  (聞いたんかい。)
    その後も作業は続き、昼頃にようやく電気がついた。ああ…明るい。電気がつくということはこれほど有り難いことなのか。明るいとは何と素晴らしい。変な話ではあるが、囚人たちはこの明るさを求めて暗い牢獄から脱走しようと試みるのではないか。光に当たると体もチャージされた気分である。
    ベナン到着3日目にしてアフリカの洗礼を浴びたが、きっとこんなのはまだ序の口なのだろう。まだまだ何かとんでもないことが起こるに違いない、と思いながら、ランチを済ませた。本当はこの後クラリスクラリスの実家に遊びに行く予定ではあったが、やはり相当身体的にも精神的にも疲れきったのだろう。少し微熱があるようだ。クラリスに詫びて、体を休めることにした。この後、夜にはちゃんと体は回復した。