初めてのショッピングとベナン人の電話

 8月5日、今日はショッピングに行こうとクラリスと決めていた。シャンプー、ボディーソープ、洗顔料、ゴミ箱、ティッシュハンガーラックを買いたかったのだ。また、日本から持ってきたユーロを両替する必要もあった。(注:日本円からベナンの通貨CFAフラン(セーファーフラン)には直接両替することが出来ないため、一度ユーロに替えてからCFAフランに替えるのだ。)いつも通り、クラリスは予定の時間を大幅に過ぎてから仕度を始め、昼前にどうにか出発した。
   クラリスのバイクでまず向かったのは彼女の卒業した学校で(私の職場ともなる)、ボランティアで掃除を済ませたいとのこと。こんなこと今日の予定に入ってたかなぁと思ったが、大人しく従った。その後、マーケットに向かおうとしたら、クラリス曰く、マーケット近くは人が多くてクラリスでさえ運転が怖いという。なので、学校に彼女のバイクを置き、バイクタクシーを拾って向かうことにした。バイクタクシー自体は多く、すぐにつかまるが、必ずしもクラリスと私を乗せてくれるわけではない。クラリスが現地語で交渉するも、何台かは見送るはめになった。
    ようやくつかまって、マーケットに向かうことができた。クラリスの言うとおり、確かに人が多い。いざ降りてみても、バイクも車も人もひっちゃかめっちゃかに通り、当然信号も誘導もないため、全員があうんの呼吸というか適当というか、とにかくどうして事故が起こらないのかが不思議であった。
    しかし、これでようやく目的を達成できる。ちゃっちゃと両替を済ませ、買いたいものが買える、と思ったのも束の間、クラリスは明らかに私が買いたいものではないものを物色している。聞くと、

 

    "Yes, this is for me."


と言う。まぁ、クラリスにもそりゃ買いたいものはあるか、としばらくクラリスについてまわったが、行けども行けども私の買い物が始まらない。ちなみにクラリスが買っていたのは、彼女の学校を掃除するための掃除道具であった。デッキブラシのようなもの3本にバケツに雑巾に、色々と歩き回って購入している。出発したのも遅かったのに、予定にはなかった彼女の買い物をしているがためにすでに昼を過ぎていた。少しイラつきはじめてきた。
    また、これは彼女に対しての怒りではないが、この国の人はとにかくゴミ問題に無頓着である。狭い路地にところ狭しとゴミが捨てられており、明らかに必要ではないのにビニール袋をもらっている。日本ももちろん環境問題は深刻ではあるが、『いらない袋はもらわない』という意識をベナン人にも持ってもらいたい。
    というようなことを考えながら相も変わらず彼女の買い物に付き合っている。そしてようやく終わった頃には彼女も私も両手に荷物を持っている状態だ。これでバイクタクシーに乗れるわけがない。何しろ私はベナンに到着して1週間も経っていない、バイクタクシーの後ろに乗った歴なんて数時間である。それなのに両手を塞がれた状態で乗れるものか。思わず彼女に言った。すると彼女はこう言った。

 

    "No problem!!"


出た。お得意の『ノープロブレム』。彼らのノープロブレムというのは、今はノープロブレムでも必ずすぐにプロブレム『になる』ことを指している。ええ、そりゃまだバイクに乗っていない今はノープロブレムである。だがしかし、数分後に我々はバイクに乗るのだ。そのあとプロブレムになるのだ。
    ええい、もうどうにでもなりやがれ、と思ってバイクタクシーにまたがった。案の定、バランスが悪すぎる。荷物があるのでただでさえ狭いのによりいっそう狭くなった。
    おまけに彼女は私の髪が彼女の顔の前でなびくと目や鼻に入るから髪を押さえてくれと頼むのだ。『それくらい我慢してくれ』と思いつつ、髪を押さえ、両手に荷物を持ち、またがっているだけの状態で走っていたのだ。
    ちなみに彼女はデッキブラシを地面に対して垂直に持っていたのだが、これがまた持ち方が雑で、走っている最中に何度も地面を擦るのだ。ガガッガガガガッと何度となく擦るので、到着する頃にはデッキブラシが半分くらいの長さになっているんじゃないかと思ったほどだ。
    ほどなくして彼女の学校に着き、掃除道具を全て置いていった。再び身軽になった状態でスーパーマーケットに行き、ようやく私の買い物が始まった。私の買い物は物の見事に5分ほどで終わった。この5分の買い物で彼女は巧みに彼女が買いたいシャンプー、ボディーソープ、洗顔料に導いた。どうせ比べてもパッケージはフランス語で書かれているので分からないし、何より彼女はちゃんと私が望むオーガニックなものを選んでくれたので良しとした。ちなみに彼女は今それらを遠慮なくしっかり使っている。
    ハンガーラックだけは今日買えそうになかったので次回に回した。帰りもやはり少しバランスを保つのに苦戦したが無事に帰り着き、一息ついた。彼女は着くなり電話を始めた。ベナン人はとにかく電話が好きだ。彼女も例外ではない。私と話していても電話を優先する。一言、『ちょっとごめんね』とか言ってくれればいいのにな、とまたもやプチ怒りを感じつつ、夕飯も風呂も済ませた。
   夜寝る前に日本のこと、ベナンのこと、私やクラリス自身のことを話すのがお決まりになっているのだが、この日、電話について聞いてみた。


    "Why do you have to call so many times?"
    "Sometimes  just to talk, sometimes to work."
    "Why don't you send text message? You have WhatsApp."


   すると、彼女はこう答えた。


    "Some people don't know how to read or write. So they have no choice."

    なるほどね、と。妙に納得した。プチ怒りも収まった。そうか、私たちが当たり前のように持っている読み書き能力でLINEだのWhatsAppだのをしてる中で、ここベナンではコミュニケーションのツールがスピーキングのみの人がいるのか。彼女は学歴があって4技能全てを持ち合わせているが、彼女の友達はそうではないのか。今さらながら、自分はベナンにいるのだな、と思いながら何気なく横のベッドで眠るクラリスを見たら、彼女は全裸で寝ていた。
    再び、今さらながら自分はベナンにいるのだな、と思った。