初めての旅行 (1日目)とダンスと楽器とプレゼン

 8月26日、今日から初めてのベナン国内旅行だ。行き先はPahou (パウー)というところで、私たちが住む場所から、車で数時間ほどの距離だ。ちなみに残念ながら色恋沙汰で行ったのではない。クラリスの仕事に付き合うのだ。クラリスはたくさん仕事をしており、その1つが日本人の観光に同行することだ。今回は学生さんたち6名に同行した。2泊3日になったので、私を1人で留守番させることに気が引けたクラリスが、私も参加出来るように取り計らってくれたのだ。

 前日にクラリスに、明日は何時に迎えが来るのかと、持ち物や服装についても尋ねたが、

 
    "I don't know."
 
と言った。どうしてクラリスが知らないのか、と突っ込みたかったが、こういうときは何を言っても無駄だ。知らないものは知らない。とりあえず起床時間だけ教えてくれと聞いたら、7時に起きれば間に合うだろうと言った。まあまあ早いじゃないか。教えてくれなかったら私は置いていかれるところだった。
    そして、言われた通り7時に起きた。クラリスはまだゴロゴロしている。7時半ごろにようやく彼女は起きた。なお、準備はまだしていない。 出発時刻はまだ分からないという。8時になったり、8時半になったり、9時になったり、結局10時近くになってようやく迎えが来て我々は出発することになった。
 新しく出会った学生さんたちと、ベナン人スタッフの方は、飛び入り参加の私を暖かく迎えてくれた。車内では気軽に話してくれたのがとても有り難く、嬉しかった。夏休みを使って、決して安くないお金を出して学びに来る学生さんたちと過ごすことで、きっと私も色々と学ぶことが出来るだろうな、と思った。そして結論から言うと本当にそうだった。
 今日は、学生さんたちの希望で、ベナンの伝統ダンスと楽器を体験することになっている。昼を済ませて宿に向かう途中、さらにここに、もう1人のベナン人の男性Wil(ウィル)を途中で拾った。彼は参加者でもあり、2日目に彼のやっている事業の見学もさせてもらったりもしたので、大変お世話になった人でもある。出会う人に恵まれる私は、またもやここでとんでもなく素晴らしい人と出会うことができた。その話はこの次の記事に記すことにする。
 ウィルは、車内で私の隣に座り、自己紹介をし合った。彼もベナンで英語の先生をしているという。そして実はクラリスとは長年の友達でもある。とても美しい奥さんと可愛い双子のお嬢さんがいるという。お互い英語の先生ということで、ベナンと日本の英語教育についても語り合うことができた。
 

f:id:MakiBenin:20190901162851j:plain

ウィル
 宿は、クラリスが手配をしたところで、カトリッククリスチャンが使う寄宿舎のようなところらしい。とても寛容なのでクリスチャンでもない客でも喜んで受け入れてくれたと言う。建物は恐ろしいほどに広く、私とベナン人女性は大部屋であったが、他は全員個室が与えられた。電気も水もしっかりあり、何より会議室や食堂もあるので、宿にしては良すぎる。難点は、番犬がいることだ。私は犬好きなのだが、やはり狂犬病の心配があったので、皆もなるべく近寄らないようにしていた。しかし、こういうときに標的にされるのが私である。なぜか犬は私を目がけてやって来て、クンクンと匂いを嗅ぎ、クルクルと周って品定めをした。その間私は動けなかった。品定めを終えると何事も無かったかのように犬は去ったが、やはり私は子どもと動物からは非常にモテるということが改めてよく分かった。
 そして、ダンスと楽器の先生が到着した。何と先生とは、お父さんとお子さん(10歳くらい)の親子の2人であった。早速ダンスレッスンが始まった。私は参加者という立場でもないような気がして、加わっていいのか逡巡したが、クラリスにもウィルにも強制的に引っ張り出された。自慢ではないが、私にはダンスや音楽のセンスは1ミリも無い。笑われるだけだ、と思ったが、こういう機会でも無ければ確かに経験出来ないようなことだ。仕方がない、と腹を括った。
 お父さんとお子さんが、いや、ここでは先生たちと呼ぼう、先生たちがまずはダンスのお手本を見せてくれた。見た瞬間に私には出来ないと確信した。ステップが複雑すぎる。手と足が違う動きをするなど、フィギュアスケーター高橋大輔以外に誰が出来るものか。私にとって世界最高の選手が死ぬほどの努力をして手に入れた技をやれというのか。はい、ではやってみましょう、ということになり、ついに始まった。なお、クラリスは始まる前から私を見て笑っている。
 ステップは初めから私には複雑すぎた。ダンスが得意な人には分からない悩みかもしれないが、恐ろしいほどにセンスが無い人にとっては、右とか左とか言われてもついていけないのだ。というか、やっている最中は右も左も分からないのだ。ウィルはとても紳士的で、呆れることなく丁寧に教えてくれたが、私が踊るとみんなが大笑い(苦笑いも混じっていた)をしていた。なお、クラリスは私が踊るのをヒーヒー笑って見ている。
 そしてついに、最も恐れていたことが起こった。2〜3人ずつみんなの前でステップを披露しようということになった。先生たちは英語が通じないので、ウィルが通訳しつつ、取り仕切る形となった。ウィルに言われれば、もはや拒否権などあるわけがない。そしてこれまた予想通り、私はトップバッターに指名された。ウィルと私と学生さんの3人だ。なお、クラリスは私が前に立った瞬間から笑い始めている。案の定、注目が3人に一気に集まるとより一層自分の下手さ加減が目立ち、もはや自分だけ違うダンスを教えられているのではないかと疑った

f:id:MakiBenin:20190901163343j:plain

さっきまで笑っていたクラリスが急に黙ったので振り返ると、うずくまって笑っていた。
 その後も公開処刑は続いた。新しいステップをまずは全員でやってみた後に2〜3人でやってみるのだが、これまた予想通り、ほぼ私はトップバッターだった気がする。そして何回めかのときにはスタッフのベナン人の女の子と組んだのだが、我ながら本当に可哀想だったと思う。アフリカ人の血はダンスや音楽で出来ているのではと思うほど、彼らは音感もあるし身体的能力がはるかに優れている。もちろん、これはベナンの伝統ダンスなので、慣れている、ということもあると思うが。クラリスも含め、彼女たちはどんな動きをしてもサマになる。最初はステップだけ、つまり足元にだけ気を配れば良かったのに、徐々に手の動きが入るとお手上げだ。私は自分が何をやっているのかも分からなかった。なお、クラリスは私に肩を動かせと指示しているが、それが出来ないから苦労しているのだ、と反論すると、しゃしゃり出てきて私の肩をグイグイ回した。力も強いおかげで少し肩こりに効いた気がする。

f:id:MakiBenin:20190901164313j:plain

キレッキレのダンスをするベナン人女性がいる横で踊る私。(ピースなんかしてるからついていけなくなるのである。)
 
 ようやく公開処刑が終わり、今度は楽器の体験となった。今回体験させてもらったのは、鉄で出来た鐘のようなものとマラカス(2種)と太鼓だ。先生が太鼓を叩いて、私が鐘を鳴らすのだが、太鼓のどの音に合わせて鐘を鳴らすのかが全く分からない。いろんな人に『今!!』と指示されれば出来るのだが、全く自立が出来ない。どのようなリズムなのかも分からない。なお、クラリスは険しい顔で私を見ている。

f:id:MakiBenin:20190901164625j:plain

鉄で出来た鐘のようなもの。
 マラカスは比較的楽そうであった。これならば、と思ったが、どうやら私は微妙に違うらしい。ある程度自信があったのに、違うと言われると途端に分からなくなり、微妙に違うどころか、全く違うところで私のマラカスの音が響いた。なお、クラリスの顔はまだ険しい。
 

f:id:MakiBenin:20190901164539j:plain

マラカスのようなもの。

f:id:MakiBenin:20190901164504j:plain

こちらもマラカスのようなもの。
 最後は一番難しそうな太鼓だ。右手と左手とで微妙に差をつけるのだ。音感のみならず、音楽を人に説明する才能もないのだが、「ポンポン」という音ではなく、「ポロンポロン」という音なのだ。この説明で分かる人の方が少ない気がするが。1人ずつやってみるのだが、どうしてみんな出来るのだろうか。私の番が回ってくるとき、どれほど逃げ出したかったことか。しかし、先生は『あ、今度はこいつか。』と言った顔で私のところに回ってきた。案の定、どこで叩いていいのかが分からない。先生が実演するも、最初が右からか左からかも見逃した。結局どちらからでも良かったみたいだが。そして、鐘もマラカスも太鼓も、先生は私のときだけ異様に長く指導していた気がする。なお、クラリスはもはや見ていなかった。

f:id:MakiBenin:20190901164755j:plain

太鼓。
 
 初めてのベナンの伝統ダンスと楽器体験は笑われっぱなしではあったが、踊ったり楽器を弾くだけで笑いが取れるなんて、よく考えると何とも特ではないか。場の雰囲気も盛り上げて、私がいて良かったではないか、と調子に乗ることにした。飛び入り参加で学生さんたちのお邪魔になるのではないかと恐れていたが(なっていたかもしれないが)、笑ってもらえる存在にはなれたので、良かった良かった。
 そして、それが終わったのち、宿でご飯を食べた。デリバリーサービスというのだろうか、とある一家が調理済みの食事を運んで来てくれて、私たちはビュッフェスタイルで食べた。そして、食事が済んだ後、2人の学生さんたちが日本についてのプレゼンをすることになっていたので、一行は場所を移し、プレゼンが始まった。プレゼン、と聞くとスイッチが入るのが私である。どちらかというとプレゼンをする側の方が好きだが、生徒ではなく、学生さんのプレゼンを聞くのは何とも新鮮で楽しい。指導をする必要が無いのも楽で良い。2人のプレゼンのテーマはそれぞれ、”Hiroshima” と "Japanese traditional sports" だ。
 まず、"Hiroshima" では、広島ならではの観光スポットや名物、スポーツなどの紹介があった。プレゼンテーター自身が広島出身であるということで、地元民ならではの紹介というのはなかなか面白い。また、やはりどうしても先生という立場で見てしまうので、私が一番聞き入ったのは原爆の話である。きちんとグラフやデータなど、客観的なデータを使って被害状況やいかに原爆が恐ろしいものであるかを説明しているのも説得力があって良い。しかも、日本人だけでなく、ベナン人に知ってもらうことに意義があったと思う。彼らは、atomic bomb という言葉は理解出来ても、それがどのように恐ろしくて、残酷で、痛ましいことかを知らなかった。また、日本の戦争体験についても知らなかった。制裁を加えたのがどうしてアメリカだったのか、何のために原爆が落とされたのかも知らなかった。ここで大切なことは、彼らが「知らなかったこと」ではない。むしろ、このプレゼンによって、初めて彼らは原爆がどういうものかを知ったということだ。別の言い方をすると、このプレゼンが無ければ、もしかしたら彼らベナン人は広島に原爆が落とされたことも、それによって大勢の命が失われたことも、半世紀以上経った今なお人々を苦しめ続けていることも、知らないままだったかもしれないのだ。原爆の恐ろしさを知らないままだったかもしれない。
 人類が犯した2度の大きな戦争という過ちに、もちろんアフリカは日本ほど実質的に関わっていない。しかし、戦争や核兵器もまたグローバルイシューである。グローバルシティズンとして、グローバルイシューと日本の悲しい歴史を共有出来たこと、そしてその場に立ち会えたことに、このプレゼンテーターには深く感謝している。
 もう1人のプレゼンもまた素晴らしかった。"Japanese traditional sports" というテーマを聞いた限り、とても馴染みがありどのような内容になるかも想像出来るだろう。しかし、このプレゼンテーターもまた、しっかりと客観的な事実を元にランキング形式で日本の有名なスポーツを取り上げ、ランクから漏れた他のスポーツの紹介もしてくれた。このプレゼンで私が最も印象的であったのは、テーマを聞いた限り、知っているものが多いとタカをくくっていたが、実際には全くそんなことは無く、むしろ日本人なのに私は想像以上に空手や柔道のことを知らなかったことだ。何ならベナン人と同じように初めて知ったかのように『へー!』と聞いていたくらいだ。しかもこのプレゼンテーターは、ベナン人により分かりやすくという計らいがあって、実演までしてくれた。ただ単に言葉で説明されるより、確かにはるかに分かりやすい。空手は、このプレゼンテーターではなく、たまたま同じ学生さんの中に空手経験者がおり、その学生さんが実演してくれることになった。無茶振りにうろたえることなく、堂々と披露してくれた。力加減はもちろんかなり緩めてくれたと思うが、真近で見ると迫力があり、空手とはこんなにカッコいいものであったのかと今更ながらに知った。プレゼンテーター自身が、とてもスポーツに長けているというのもあると思うが、プレゼン中に実演してみせるというのはなかなか粋な演出であったと思う。また、スポーツというユニバーサルなものを取り上げつつ、日本特有のものも紹介出来て、ベナン人にとっても共に楽しむことが出来、また新しいことを知ることも出来、良いテーマであったと思う。ダンスは苦手でもスポーツはやや得意な私もとても楽しく聞くことが出来た。何より、図らずも締めのプレゼンとなったわけだが、結果的に楽しく、みんなが共有出来るものであったのが素晴らしかった。
 2人とも、自分の出身や興味に基づいたプレゼンであったのがとても素晴らしかった。プレゼンテーターが知らないことをしどろもどろと話されることほど苦痛なものは無い。自信を持って、生き生きとプレゼンをしている様が、見ている側にもとても心地良かった。
 と、指導する立場でも無いのに上から目線な感想を述べてしまったが、学生さんたちと過ごすことなどほぼ皆無と言っていい私にはとにかく新鮮で楽しかったと言いたいだけだ。2人のプレゼンテーターに心から "Thank you, and good job." と言いたい。