英語教育学会とボッタクリ

 2月26日(水)、今日は先週道端で偶然出くわしたドソウさんと小旅行をすることになっている。向かう先は、Dassa(ダッサ)というベナンの真ん中あたりにあるところで、私が住むカラビからは乗り合いタクシーで2時間、さらに乗り継いで1時間、さらにバイクタクシーも使ったので、3時間以上かかる場所であった。

 何のためにかというと、今日この Dassa で、アメリカ大使館主催のベナン人による英語教育の学会があるらしい。要は、ベナンで英語を教えている主にベナン人が、その成果を発表したり、思いなどを共有する場であるそうだ。クラリスも行く予定だったのだが、残念ながら仕事が休めそうにないとのことだ。ドソウさんは、大学で英語を教えているだけでなく、色々な英語教育の場にかかわっているし、この学会の主要メンバーであり、プレゼンもすることになっている。せっかくお誘いいただいたので、行くことにした。
 前日、ドソウさんと待ち合わせ場所について話していたのだが、地理的なものがまだよく分かっていない私のために、ドソウさんはクラリスと話をつけておくと言ってくれた。残念ながらクラリスは夜遅くに帰ってくるので、私は先に寝ることにした。
 朝起きると、クラリスからメッセージが入っていた。朝6時に待ち合わせることにしたから、家を5時50分に出ようということだ。何だ、そんなに近いのか。だったら1人でも行けるのに、と思ったが、初めての場所で朝早すぎて真っ暗なので、心配でついてきてくれるということか。
 ということで、5時50分に家を出た。すると、たまたまご近所の男性も家を出るところだったらしく、車でその場所まで乗せて行ってくれることになった。徒歩10分の場所を車で行くなんて、とちょっとおかしく感じたが、遠慮なく乗った。
 そして、とある場所に着くと、クラリスが降りるよう指示した。え、と思った。この場所は、Dassa などベナンの北部に向かう乗り合いタクシーが人を乗り降りさせるところで、クラファンの支援先に向かうときにもここで乗った。この場所は、私の足では早くても25分はかかる。車で5分以上のところが、どうやったら徒歩10分だと思うのか。一体クラリスの頭ではどのように計算されていたのか。あのまま歩いていたら、確実に6時を過ぎていたではないか。恐らく、ベナン人の足となるのが、車かバイクなので、歩いたことがないところは距離と時間がつかめないのだろう。
 待ち合わせ場所で、ドソウさんを待った。その間に、クラリスが、
 
     "Do you see that car?"
 
と、私たちの家の方に向かっていく車を指差した。暗かったし、一瞬だったのでよく見えなかった、と言うと、その車は、先ほど私たちを送ってくれた男性の車だと言う。しかも、クラリスは探偵のような目つきで、
 
     "I'm sure he is bringing another girl to his place! I'm sure!"
 
と言った。実は、この男性は相当のプレイボーイなのだ。私は現場を見たことはないが、クラリス曰く、毎週のように別の女の子を家に連れ込んでいるらしい。へー、そりゃまたご盛んで、と思い感心したが、私はそれよりも、こんな暗い中、一瞬で彼の車であると認識出来たクラリスの視力の方に感心した。コンタクトユーザーの私には車種どころか、色さえ判別出来なかった。
 ドソウさんがやって来て、クラリスに礼を言って別れた。ドソウさんはその場ですぐに乗り合いタクシーを拾った。そして Dassa へ向けての長旅が始まった。まずは、2時間ほどかけて、Bohicon (ボイコン)という町まで向かった。カトリック教会が運営するカフェテリアで、軽く朝ご飯をとった。ドソウさんは、Bohicon で育っているのでこの町のことは何でも知っている。加えて、顔がめちゃくちゃ広いので、歩いていると頻繁に友人に出くわしている。
 朝ご飯を取り終えると、とある大学に向かった。ドソウさんは、この大学で20時間の英語の授業を受け持つらしい。理系の修士課程なのだが、英語の授業も一応必須らしい。今日は、学会があるので授業は出来ないということを告知しに行くのだそうだ。教室に入ると、数人の学生らしき人が待っていた。本来は12人の登録があったそうだが。とりあえず、その場にいる学生たちに、なぜか私も自己紹介をした。学生、と言っても全員すでに職を持っている。そのため、学生たちの要望で、平日ではなく土曜日に授業をすることになった。今日は、私たちはこの後 Dassa まで向かわなくてはならないので、学生たちには早々に別れを告げてその場を後にした。
 そしてこの後また車とバイクタクシーを乗り継いで、ようやく目的地まで到着した。
 

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学会が開かれる会場。

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ドソウさんと。

 さすが、アメリカ大使館からのバックアップがあるので大々的に開催しているようだ。そして、ベナン人お得意の T シャツを着ている。ベナン人は、統一感を好むのか、大学生も学部ごとに制服(というか T シャツ)が支給されているし、ちょっとしたイベントでもみんなお揃いの T シャツを着ることが多い。ドソウさんは、参加者というかプレゼンテーターでもあるのに T シャツの支給が間に合わず、届いていないそうだ。
 まずはアメリカ大使館の人の話を聞いた。アメリカ大使館の人なのだから、当然アメリカ人である。また久しぶりにアメリカンイングリッシュを聞いて、懐かしいなと思った。そして、ドソウさんの発表はその後すぐに行われた。音楽や歌を英語学習に取り入れることの有用性について説くものであった。実は、ドソウさんは非常にマルチタレントで、英語の先生であると同時に音楽家でもある。この会場で、BGM としてかかっている音楽も、ドソウさんが作曲したものだそうだ。加えて料理も出来るそうだ。音楽や歌が英語学習、というか言語学習に有効であることは色々な研究が実証している。特に、アフリカ人にとって音楽は魂みたいなものだそうだし、ご近所ではいつも誰かが爆音で音楽をかけている。道を歩けば誰かがスピーカーを持って歩いているくらいベナン人にとって音楽は身近なものだ。私が勤めている学校でも、子どもたちが歌うことをとても楽しみにしている。彼らにとって、音楽は特別というか、むしろあって当たり前のようだ。

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会場の雰囲気。
 その後も、色々な発表を聞いたのだが1つ気になったことがあった。日本で英語教育の学会に行くと、必ず先行研究に基づいたリサーチクエスチョンと数値やデータで明らかになったことが示される。つまり、量的研究か質的研究、もしくはその両方で、その研究の有用性が示される。ちなみに、自分の修士論文もそうだったが、仮に数値やデータでその効果を証明出来なかったとしても、その研究の価値が下がることはない。ならば次はこうしてみよう、というように後の研究や実験に繋がるからだ。
 今回の学会で自分が聞いた発表では、そのような数値やデータが明らかにされていないものばかりであった。何となく主観まみれで、大変言葉は悪いが、プレゼンテーターの独りよがりのように見えてしまった。個人的に、研究内容や結果に、人の感情はいらない。事実だけを教えてほしいのだ。タイトルだけ見るととても面白そうなものなのだが、数値やデータが無い以上、残念ながら私は信用することが出来ない。これは、方法論を知らないからなのか、この学会がそもそもそういったことを主旨としていないからなのかは分からないが。
 そして、ベナン生活を続けて、もうすでに慣れていると言えるのが、待たされること、である。アメリカ大使館のサポートがあるとはいえ、内部の運営は全てベナン人がやっている。そうすると、当たり前のように予定通りに進まない。まず、休憩時間が、本来終わっているべき時間に始まった。下のカフェテリアみたいなところで食べ飲み放題が出来たのはいいとして、その後の午後のプログラムが一向に始まらなかった。ドソウさんは、ベナン人の中でもかなりインターナショナルマインドな人で、気質的には日本人に少し似ている。ドソウさんもかつて、この学会の長を務めたことがあったそうだが、そのときは全てがオンタイムに進むように取り計らったそうだ。ところが、その役職を降りて別の人に変わってから、このように待たされることが多くなったそうだ。ドソウさんは明らかに機嫌が悪くなった。私に八つ当たりをするようなことはないが、運営側に相当文句を言っていた。大使館の人は気がついたらいなくなっていた。どちらかというと、私の方がもうこの待たされることに順応出来ている気がする。だから、基本的にパソコンは持ち歩いて、待っている間は仕事が出来るようにしている。
 なぜか私が『まあ、まあ、落ち着いてくださいな。』とドソウさんをなだめ、その度にドソウさんは、ため息をついた。我々は、ドソウさんのプレゼンさえ終われば帰っても良いのだが、今日の学会の後、ドソウさんを交えてとある会議をしたいというお誘いがあったそうで、終わるのを待っていたのだ。しかも、カラビに住む私たちは家が遠すぎるので、この団体のお金でホテルをおさえてくれるということにもなっていた。急なことで私は困ったが、帰れない以上は仕方ない。ちなみに私が困ったのは、もちろん泊まることを想定などしていなかったので、何も用意をしてきていなかったからだが、パンツの替えが、とか、タオルが、とかそんな女子っぽいものではなく、コンタクトの洗浄液が無いなあ、ということであった。パンツなんか、もはやもう無くてもいいのではないかくらいに思っている。そして、ドソウさん曰く、タオルや石鹸なども備え付けられているホテルだそうだから、どっちかというと『ベナンでそんな高級なところ初めてだなー、楽しみだなー。』とウキウキしていた。
 ところが、ドソウさんの怒りは頂点に達してしまい、色々なところに怒り口調で電話をし、最終的に荷物をまとめ、
 
     "Let's go."
 
と言ってしまった。慌てて私も荷物をまとめ、会場を後にした。歩きながらワケを聞くと、どうやらドソウさんを会議に誘ってきた人物が、この団体の長でもあるのだが、プログラム通りに事が進んでいないだけでなく、誘ってきたくせにホテルの手配も済んでいなかったそうだ。ドソウさん曰く、『最終的に会議が夜遅くに終わった段階で、ホテルがまだ取れていないと言うに決まっている。』そうで、そこからまた待たされるのが嫌だったそうだ。それは確かに嫌である。今回の学会は、今日から始まって28日まで続くものであったそうだが、ドソウさんはもう残りの2日は行かないと決めてしまった。
 ということで、夜7時。ようやく私たちは帰ることになった。すでに日も落ちてきて、だいぶ暗い。ここからまた3時間以上かけて戻るのか、と思うともう安いホテルでもいいから泊まっていきたい気分であった。バイクタクシーと乗り合いタクシーを乗り継ぎ、またもや長旅が始まった。
 行きでもそうであったのだが、ベナンにはベナン式のドライブスルーみたいなものがあり、歩道で女性や子どもたちが食べ物を売っているのだ。人が乗り降りするところでは、ワーッと寄ってきて、暑いから開けていた窓から思いっきり手を差し伸べて果物やら豆やら水やらを差し出してくる。ボケっと携帯なんていじっていると、横からヌッと手が出てきて、めちゃくちゃ驚く。車の中にいる私たちは、車外に出なくてもその場で値段交渉をして買えば良いし、買いたくなければひたすら拒否をすれば良い。ドソウさんは、長旅で疲れたことを労ってくれて、オレンジやらバナナなど、疲れに効きそうなものをたくさん買ってくれた。というか、今日私は一銭も出していない。交通費も含めて、全てドソウさんが出してくれた。クラリスはバナナが好きなので、良いお土産になって良かった。
 帰りは、さすがにやはり暗いからか、車が減速していたし、人の乗り降りも激しかったので、4時間以上かかった。11時半近くになって、朝待ち合わせした場所に戻ってきた。ドソウさんは、わざわざ私のためにバイクタクシーも拾ってくれた。ただし、ドソウさんは私たちの家の場所を細かくは知らない。ベナンでは、住所というものが無いので、何か目立つ建物をベースにして、自分の家までの経路を人に説明する。バイクタクシーにもだ。グーグルマップで、だいたいこの辺であるということを示し、ここからなら曲がる場所など自分でガイド出来るということと、歩けば30分くらい、バイクなら5分くらいということは伝えたのだが、残念ながらその情報だけではドライバーと値段交渉が出来ないらしい。ということでドソウさんは、多くても500セファという目星をつけて、500セファをドライバーに渡し、実際に家まで着いて、ドライバーにその場で値段を決めてもらい、お釣りをもらってくれとのことになった。絶対に500セファなんかするわけがない。夜遅いということを鑑みても200セファだろう。だから自分はしっかりお釣りをもらって、翌週ドソウさんに返すつもりでいた。
 ドソウさんに丁重に別れを告げて、家までたどり着いた。ドライバーにもまずはお礼を言ったのち、しっかりと手を差し出してお釣りを要求すると、苦笑いをした。やっぱりだ。思った通りだ。このドライバーは、外国人の私だから分からないだろうと思って、500セファをしっかり受け取るつもりでいた。
 
     "I need the change."
 
と言うと、100セファだけ出した。は?という顔をすると
 
     "Night, night."
 
と言ってピャーッと去ってしまった。つまり、夜遅いということを考慮して、400セファという計算をしたらしい。1人でバイクタクシーに乗ると、高確率でこういう目にあう。ボッタクリというやつだ。まあ、私もお金がないので、最初から高額を要求してきたらもう一切の交渉はしないが、急いでいるときは、目安から100〜200セファ高い額を要求されてもめんどくさくて払ってしまう。クラリス並みの押し通す強さがあれば良いのだが。
 偶然なことに、クラリスも今帰ったとこらしく、門を開けるとクラリスがいた。そこで今起こったことを話すと、哀れんでくれた。クラリスも朝早くから夜遅くまで働いている。大好きなバナナがあるよ、と伝えると喜んでいた。
 家に入って、2人でバナナを食べた。仕事から帰ったクラリスは相当疲れている。片道40分くらい自分でバイクを運転しているのだから、余計に疲れている。今週は、私が勤めているバイリンガルスクールで試験が実施されているので、授業はない。だから私はゆっくり眠れる。クラリスを労って、泥のように眠った。