カカノ一人乗りデビュー

 9月30日、ベナン滞在2ヶ月目である。今日は、ベナンでのバイクタクシー(現地語で "カカノ" )について語る。

 ベナンで人々の足となっているのは、主にバイクか車である。長距離バスもあるが、日常的には、人々はバイクか車を使っている。私がクラリスと出かけるときはバイクタクシーを使う。一度、私がマラリアで病院から帰るとき、激しく雨が降っていたため、初めてタクシーを使ったことがあるが、バイクタクシーの4倍の値段を取られた。熱がある私を雨の中バイクタクシーに乗せることは出来ないとクラリスが判断したため仕方ないことではあったが、やはりタクシーは割高となる。
 一方、カカノは20分の距離ならば大体500セファである。日本円にして、約100円である。カカノの目印はドライバーの黄色いTシャツである。地域によって色は異なるようだが、私の住む地域も、空港のあるコトヌーも黄色だ。あらゆる道で走っているため、簡単につかまえることが出来る。つかまえ方には2種類ある。1つは、道を歩いていると、ドライバー自らこっちをガン見して「乗らないか?」の視線を投げかけてくるため、手招きをして「乗る」意思表示をする。もう1つの方法は、こっちに気づいていないドライバーに声かけをするか、こっちに向かってくるならば手招きして呼び寄せる方法である。声かけをする場合の言葉だが、バイクタクシーの意味である現地語の「カカノ」を「カッカーノ(* 2つ目の "カ" にアクセント)」とデカイ声で呼ぶ。そうすると、面白いことにその場にいる他のカカノもゾロゾロとやって来て、ハーレム状態となる。しかし、その場合はクラリス曰く、自分が最初に呼んだカカノを選ぶことがマナーだそうだ。こっちに向かってくるカカノを手招きする方法だが、これもまた面白い。クラリスは100メートル以上離れているところからこっちに向かってくるカカノを手招きする。黄色いTシャツを着ていることも見えているということだ。アフリカ人の視力は日本人の比にならぬほど良い。My eyesight is bad. は通じないことが多い。コンタクトをつけようとすると、子どもたちは興味津々に見てくるほどだ。そして、その手招きだが、やはり距離があるので目立たせるためか、豪快に腕を振りかざす。私は最初クラリスがそれをしたとき、ピッチャーの練習でもしているのかと思ったほどだ。そして、それをされた側のカカノもちゃんと気づき、私たちの前でしっかりと止まる。
 大半は声かけか手招きをすればこちらに来てくれるが、カカノがどこかに向かっている場合か、2人乗りを拒否するためか、稀に手で「乗せられない」のジェスチャーをされながら素通りされることもある。
 そして、カカノがこちらに来ると、そこから客とカカノの値段交渉が始まる。値段交渉はクラリスが現地語でするため、細かな内容は分からないが、クラリスは強い。お店での値段交渉でも大抵勝っている気がする。一度、私の買い物に付き合ってもらい、値段交渉をしてもらったが、想像以上に長引いたことがあった。最終的にクラリスは、外国人価格ではなく、クラリスが納得がいく値段で押し切ったが、店を出るときに、店の主人が私に苦笑いをしながら、
 
    "She is not good. She is strong."
 
と言ったことがあった。
 カカノにおいても、クラリスクラリスの納得のいく値段でなければ乗車せず、別のカカノをつかまえる。ちなみに、客とカカノが交渉中、その交渉が上手くいかなかったときのために、通り過ぎるカカノが減速して近づいてくることもある。そのため、別のカカノをつかまえることは簡単だ。交渉決裂となるのは、2人乗りを拒否されるか、カカノが目的地を知らないか、値段が納得いかないときだ。しかし、クラリスが交渉決裂と判断をして、
 
    "Let's go."
 
と言ってその場を離れようとすると、稀にカカノ側から再アプローチがかかり、結局交渉成立のときもある。いずれにしても、交渉成立となった場合は、私が真ん中、クラリスが一番後ろに座る。これは、クラリスが私の安全を考えてのことである。バイクは、ホンダ、ヤマハカワサキ、スズキなど、日本産の中古のものが大半だ。従って、3人乗りには設計されていないため、2人乗り用に作られているバイクに無理やり3人乗るということである。クラリスと乗るときは、私とカカノに
 
    "Move forward."
 
と言う。そして、カカノは本来人が座るところではないところに座って運転をしている。たまに、『いや、そこは私の太ももでっせ。』と突っ込みたくなるところに座るときもある。ちなみに真ん中に座るときは荷物はどうするかというと、前にも後ろにもスペースはないため、左右どちらかの太ももから膝の部分に置くしかない。私は大抵パソコンを持ち運ぶため、バッグが重い。そうすると、片手でバッグをおさえなければならないため、左右どちらかに重心が傾き、到着する頃には腕も足もプルプルしている。また、ドライバーは法律でヘルメットの装着が義務付けられているようだが、客にその義務はないため、私もクラリスも頭はむき出しである。海に近く、潮風ゆえのものか、あるいは風が強いからか、到着すると髪の毛がバサバサに絡み合っている。住宅街の道は砂や土で出来た道のため、晴れているときは砂埃もひどく、目や口にも侵入する。足元には砂が非常にかかる。
 クラリスはこれまで、私を1人でバイクタクシーに乗せたことはなかった。やはり、土地勘も無く、言葉が通じない故に、本来の目的地でないところに連れていかれたら手が打てないという不安のため、どこに私を連れていくにしても、クラリスは同乗していた。
 しかし、つい最近、日本から来たとある20歳の女の子が1人でバイクタクシーをつかまえて、目的地まで行ったという話を聞いた。彼女は私と同じく現地語もフランス語も話せない。従って、事前に現地の友達に相場を聞いておき、グーグルマップで行き先をカカノに示して連れて行ってもらったそうだ。私はクラリスに早速訴えた。
 
    "20 years old girl can do that. Please let me try."
 
すると、クラリスも「確かに」と言った感じで考え始めた。少々心配性のクラリスが、凄まじく方向音痴の私を心配してくれていることはよく分かるし、ありがたい。しかし、滞在2ヶ月ともなれば、ある程度「ここで曲がる」というような目印も分かってきた。何より、私の用事でクラリスを付き合わせることにも気が引けるし、自立をしたい。難色を示していたクラリスだが、ついに今日、私が出かける用事があったため、一人で乗らせることにした。
 クラリスはカカノをつかまえ、乗る前に行き先と値段交渉をして、私が1人で乗る旨も伝えてくれた。そして、いよいよクラリスがいない状態で一人でカカノに乗った。
 最初の感想は、『運転が荒い。』であった。いつもは狭いスペースに乗っているため振り落とされる心配はないのだが、本来の乗り方である2人乗りをすると、スペースがありすぎる。ましてや、リュックを背負うと、後ろに重心が傾く。とは言っても見知らぬベナン人にしがみつくことには抵抗があるため、後ろの荷台部分につかまっておく。ベナンでは、信号らしきものが皆無である。大きなスクランブル交差点のようなところには、たまに警官が立って誘導しているが、それ以外ではほぼノンストップで走り続ける。ちなみに、日本の基準でいくと、全員あおり運転である。ちょっと止まっただけで、後ろからプップーと鳴らされる。車間距離という概念は無いようだ。
 さて、クラリスが事前に場所を伝えていたものの、私もカカノが道を間違えていないかどうかを確認すべく、目を凝らして見ていた。1つ目の曲がるポイントはクリアした。そこまではひたすら直進で、ここまで来たらあとは簡単なのだ。もう5分ほどで到着する。カカノが曲がるべきところでしっかり曲がったことに安心した私は、完全に油断した。気が付いたときには、『あれ…こんなお店あったっけ。』となっていた。すると、同時にカカノも不安になり始めたのか、キョロキョロし始めた。そして、道ゆく人に何かを聞いている。3人くらいに聞いただろうか。そのうちの1人は私のために英語を話してくれたが、土地勘のない私には分からなかった。カカノと私の、フランス語 or 現地語と英語の会話が始まった。当然通じない。仕方なくクラリスに電話をした。クラリスが電話で道案内をしてくれたので、カカノは再び走り出した。そして、また迷った。曲がり角があるたびに、『こっちか?』のようなことを聞いてくるが、分かるならとっくにガイドをしている。と言うか、目的地を知っているから乗せてくれたのではなかったか。20分ほどグルグルしただろうか。ふと、見覚えのある玄関が見えた。横に、目印となるお店もあった。すかさず、カカノに
 
    "Here!"
 
と言って、止めた。似たような玄関が多いため、念のため玄関を開けて家の様子を確認したところ、間違い無かったので、お金を払おうとした。クラリスが事前に交渉した値段では、500セファであったため、それを渡した。すると、彼は指で6を示した。つまり、600セファを要求してきた。再び、フランス語 or 現地語と英語の会話が始まった。しかし、また当然のごとく通じない。クラリスに再び電話をしたが、運悪く出なかった。グーグル翻訳を使ったが、彼はそれでも折れなかった。100セファを持っていたが、事前に聞いた値段と違う値段を払うことは出来ない。すると、タイミング良く、私が訪れる家の主人(女性)が出てきてくれた。彼女は英語は通じない代わりに、少し日本語が通じる。そこで、彼女に経緯を話すと、彼女がカカノに交渉してくれた。最終的にカカノは納得し、500セファで済んだ。彼は、道に迷った分を上乗せしようとしたのか。いずれにしても、彼女がいなければ我々はまだ、フランス語 or 現地語と英語で終わりなき会話をしていたかもしれない。
 これまで何度となくカカノに乗って、カカノが迷子になったことなど無かったのに、どうしてよりにもよって初めての1人乗りでこのカカノに当たったのか。私をよく知る人は、『やっぱりまきは持ってるわ〜。』と思っているだろうが、確かに私は色々と持っている。恐ろしく強運なこともあれば、滞在1ヶ月ちょっとでマラリアにかかる悪運も持っている。しかし今回は、最終的には家の主人がタイミング良く出てきて助けてくれたのだから、強運であったということにしようと思う。