買い物デビューとベナン人の予知能力

 10月4日、朝から晴れている。チャンスだ。昨日、ペットボトルの水のストックが切れていることに気づいた。兼ねてより私は、そろそろ1人買い物デビューをしたいと思っていたのだ。現地語はもちろん話せないが、買い物のやり取りで使う言葉くらいは覚えられるし、個人商店では価格交渉制ではあるが、事前にクラリスにある程度の値段を聞いておけばボッタクられることもない。クラリスは、私と共同で使うものが無くなると、直ちに買ってくる。クラリス自身のものは1週間くらい買い忘れることはよくあるが。私が出かけるときはクラリスもついてくるため、なかなか1人で出かける機会が無かったのだ。また、何度か1人で買い物したいと言ってみたのだが、クラリスはとにかく心配性なのだ。外国人ゆえにボッタクられるのではないか、クラリスから見て品質の悪いものを売りつけられるのではないか、あるいは私が帰るときに誰かにつけられるのではないか、ということを心配してあまり良い顔をしなかった。しかし、クラリスはすでにカカノ(現地語でバイクタクシーのこと)に1人で乗ることを許可してくれたし、そろそろ色々なことから自立したい。ましてや最近雨続きであったが今朝は晴れているし、クラリスが珍しく水のストックが切れていることにも気づいていない。クラリスは最近仕事で帰りが遅いので、買って帰ることも出来ない。早速切り出してみた。

 
    "Today I want to go to buy bottled water."
 
すると、
 
    "Uh...you mean you want to go to buy it alone?"
 
と聞かれたので、頷いた。クラリスは、「うーん」と考えた後、こう言った。
 
    "OK, then you can walk to the shop. When I go to work, let's buy it there."
 
つまり、歩いて行ける場所に水を売っているところがあるため、朝クラリスが出かけるときに一緒に寄ろうということだ。完全に1人ではないが、充分だ。お店でのやり取りで使う現地語を教えてもらい、クラリスは黙って見守っていてほしいとお願いした。家を出ると、クラリスは近所で遊んでいた子どもたちを呼んだ。現地語で何やら話をしている。話が終わると、私にこう言った。
 
     "I asked them to carry your water and to see if nobody is following you when you come back."
 
どれだけ心配性なんだ。水は6本入りのため確かに重いが、1人で運べる。いい年こいた大人が子どもに帰り道を心配されるのは…。しかし、この点に関しては確かに用心せねばならないのだ。クラリス曰く、外国人=お金を持っている、と思われるため、家をつけられるということは考えうるそうだ。ましてやここはクラリスの家でもあるので、私のせいでクラリスに被害が及ぶことも考えなくてはならない。ただ、水は1人で運べるのでさすがにそれは辞退し、子どもたちはちょうど外で遊んでいるので、監視だけついでにお願いすることにした。
 お店に着いた。まだ開店前だったようなので、クラリスが店の主人に開けてもらうよう頼んだ。その間、私は現地語を忘れないように何度もぶつくさと唱えていた。しかしクラリスはまだ話している。大方、『この子が今から1人で買い物するからよろしく。現地語もフランス語も話せないのよ。』と言っているのだろう。すると、もう1人客が来た。
 さて、いよいよデビューだ。まずは挨拶、これはフランス語の「ボンジュール」で良いそうだ。そして、私の現地語をお披露目するときが来た。なお、現地語は私のパソコンでは表記出来ないため、カタカナで記している。
 
    『ンジャホ、スィ(お水をください)』
 
と言った。すると、店の主人ともう1人の客が笑いながら拍手をしてくれた。後ろを振り返ると、クラリスが腕組みをしながら、でかしたぞ、という顔で見ている。解説をすると、「ンジャホ」が「〜を買います」で、「スィ」が「水」のことだ。お店の人が笑顔で6本入りの水を差し出してくれた。さらに、
 
 『メビュエ(いくらですか)』
 
と聞いた。ちなみに値段に関してはクラリスから事前に聞いていた。この店ではいつも2000セファで売ってくれるので、交渉は必要無いそうだ。しかし、出来るだけ現地語を使ってみたかったのだ。またもや笑いながら褒めてくれた。店の主人は指で2を作りながら現地語で答えた。2000セファという意味だろう。クラリスが後ろでじーっと見張っているので、ボッタクられる心配は無い。5000セファを出し、ちゃんと3000セファのお釣りをもらった。クラリスはそこまでしっかりと見ていた。お礼の言葉もフランス語の「メルシー」で良いそうだ。最後に、
 
 『エダボ(さようなら)』
 
と言って、お店を出た。たったこれだけのことではあるが、とても楽しかった。水は確かに重たかったが、1人で持てないほどではない。クラリスがバイクタクシーに乗るのを見届け、帰り道は念のため自分でも誰にもつけられていないかを確認しながら歩いた。子どもたちがいるところまでたどり着くと、ジェスチャーで誰もついてきていないと示してくれた。『メルシー』とお礼を言って、無事に家までついた。家について、6本入りの水のパッケージを剥がしていたら、腹の音ではない、ゴロゴロという音が聞こえた。何の音かと思ったが、私の大嫌いな雷だ。雨季はもうすぐ終わるのだが、雨が続いている。急いで洗濯物を取り込もうと思い外に出ると、何やら違和感を感じた。朝、一緒に洗濯物を干していたお隣のママさんの洗濯物が無い。私が出かけるときにはまだ干していたし、帰って来たときにもあった。彼女は私がパッケージを剥がす前に雨を察知して取り込んだのか。予知能力か。その後、そのことを忘れてリビングで仕事をしていると、晴れてきた。部屋干しは乾きにくいため、すかさず再び干しに向かった。すると、お隣のママさんの洗濯物がまたあった。一体彼女はいつ干したのだ。しかも、子どもの服もあるので結構な量だ。不思議な現象が続いたが、その後も家で仕事をしていると、夕方頃にまた雨が降り始めた。再び取り込もうと思って外に出るとやはり無い。ベナン人は雨が降り始めるタイミングを察知する能力があり、尋常ではないスピードで洗濯物を取り込むことが出来るのか。
 以前クラリスに、
 
    "It was raining heavily today. Maybe tomorrow it will be sunny."
 
と言われたことがあった。雨季ではいつ雨が降るかは誰も予測出来ないが、降る確率の方が高い。なぜ分かるのかと聞いてみると、
 
    "I'm not sure, but I guess."
 
という全く答えにならない答えが返ってきた。しかし、翌日見事に晴れた。雨季であったのに、一度も雨が降らなかった。日本では、地域ごとに、しかも雨雲レーダーもあって雨がいつ降るかを予測しやすいが、ベナンにそんなものはない。一体どうやって身につけた能力なのか、とても不思議であった。