別れと再会

 2月9日(日)、今日はとあるベナン人の家庭に向かおうと思っている。私が初めてベナンに来たときにホームステイをさせてもらった家庭だ。

 私がベナンを訪れたのは、2018年12月のことであった。そのときは、とあるホームステイプログラムを利用した。私が子どもが好きなので、出来れば子どもがいる家庭にしてほしいと頼んだところ、可愛い男の子がいる家庭を選んでもらった。今思えば、ベナンには子どもが溢れているので、別に頼まなくてもどの家庭にも子どもがいたと思うが。

 お医者さんをしているホストファザーと、看護師さんのホストマザー、その男の子、それから働き場所を求めて同居している親戚の女の子2人の、5人が住む家庭であった。

 実は、私が日本に一時帰国をしていたときに、ホームステイのときにお世話になった人から、そのホストマザーが末期のガンにかかっていることを知らされた。もう先は長くないので、私がベナンに戻って来たときに顔を見せに行ってやってくれと。

 ホームステイをしてたときは全くそんな気配はなかった。しかし、忙しさを言い訳に、7月末にベナンに再びやって来たことを知らせておらず、会いにも行っていなかった。私が住んでいるところから、少々位置的に遠いということもあるが、無理をしてでも行っておけば良かった。

 もちろん見舞いには行くつもりだ。だから、どうかそれまで生きていてほしいと思っていたのだが、残念ながら、私がベナンへ戻る数日前に息を引き取ったとのことだ。

 ホストファザーがすっかりと気落ちしているとのことなので、クラリスに頼んで連れて行ってもらうことにした。

 ベナンでは、死者を弔いに行くためのふさわしい格好というものはなく、派手な色の服を着ようが、日本でいう喪服に当たる黒い服を着ようが関係ないそうだ。私は無難に水色の T シャツと黒いスカートを履いて、クラリスのバイクに跨った。

 そこの家は、少々入り組んだところにあるそうで、クラリスでさえも何度か人に聞きながら、ようやくたどり着いた。ああ、懐かしい。そうだ、この門だ。あのときは常に車で送り迎えをしてもらっていたので周りの道はちっとも覚えていないが、この門はよく覚えている。初めて来たとき、ホストファザーが上半身裸で出迎えてくれたっけ。

 門を開けて、玄関に向かった。ベナンでは、玄関先で相手を呼ぶとき、「コ」のような「カ」のような音で、「コココ(カカカ)」と言う。日本語で言う、『すみません、どなたかいらっしゃいますか?』という意味だ。すっかりそれに慣れた私も、「コココ(カカカ)」と呼びかけると、中からホストファザーが出て来た。まずは、クラリスが現地語で挨拶をした。我々が来ることは事前に知らせていたが、再度恐らく『マキがホストマザーのために祈りに来た。』と伝えたのだろうか、ホストファザーは少し寂しそうな、でも無理やり笑顔を作って、

 

    "Thank you, thank you Maki."

 

と言ってくれた。ハグをすると、前と同じように、ホストファザーの大きなお腹と胸に包まれた。私たちより前に来客があったそうで、少し待った。その間、この家に居候している女の子ローズが私たちのところにやって来た。ローズは、私たちが来ることを知らなかったようだ。私を見ると、とても驚いていた。ローズは英語は得意ではないのだが、クラリスに通訳してもらって、私がいる理由を聞いたようだ。すかさず私の手をとって、もう一人の女の子エリザベスのところへ連れて行った。その途中、ホストマザーたちの息子とその友達もおり、2人も私のことを覚えていたのか、すぐさま駆け寄って来てくれた。言葉は通じないが、2人とも飛びついて来てくれたのが嬉しかった。暑さゆえに素っ裸ではあったが。

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左がホストファミリーの息子、真ん中がその友達。

 エリザベスはヘアドレッサーであり、知人の髪の毛をアレンジしてあげていた。エリザベスも私を見ると本当に驚いていた。エリザベスはこの家庭で唯一英語を流暢に話す。皆の通訳となってくれていた。

 ホストマザーのために祈りに来たことを言うと、とても喜んでくれた。後ろから男の子2人が素っ裸で私に抱きついて来るので、しんみりとした雰囲気にはならなかった。

 ベナンでは、日本ほど葬式が暗くならないらしい。彼らはクリスチャンなので、「死ぬこと」は「神様に近くなること」と思っているからだそうだ。医療も発展しておらず、色々厳しい状況がある国こそ、きっとそう思わないと大事な人の死を乗り越えることなんて出来ないんだろうな、と思った。ホストマザーは40代半ばであった。末期のガンとはいえ、日本だったらもう少し生き長らえていたかもしれない。

 確かにホストファザーは気落ちしているようには見えたが、私やクラリスとの会話はしっかりと出来た。何も出来ないけれど、元気を出して、と伝えるとホストファザーは何度も、

 

    "OK, thanks."

 

と言っていた。

 ベナンの平均寿命は60代という。乳幼児の死亡率も高いのだが、絶対的に医療のレベルが高くないので、日本だと助かる病気で命を落とすことも多いのだと思う。そう考えると、これから私が出会っていくベナン人との出会いをもっと大事にしたいと思った。ホストマザーに再会せずにいたことが猛烈に悔やまれる。言わなければいけないことがあった。

 あなたが優しく迎えてくれたから、ベナンで先生として頑張ってみようと思えたんですよ。今私は、同じベナン人の女の子と一緒に暮らしていますよ。またぜひ、ここでもホームステイさせてくださいね。

 私は宗教も神様の存在も信じていないが、どうか天国があるならば、その天国まで届いているといいなと思う。