ナンパへの反応と日本人男性の皆様とトマトとソファ

 8月24日、珍しくクラリスが早起きをしている。仕事に行く前に、私の朝ご飯と昼ご飯を用意し、掃除を済ませてテキパキと動いている。そして2人がかりでまたクラリスのワンピースのチャックを上げて、見送った。

 一方、私は、クラリスを見送った後はひたすら調べ物をしている。同時に、最近連絡先を交換したベナン人男性ダインとWhatsAppで会話をしている。詳しい経緯を知りたい人は、『初めてのナンパ(?)とグロスを読んでもらえたらと思う。ちなみにダインと出会ったのと時を同じくして、Blog の公開をお知らせしたのだが、早速読んで下さった人から凄まじい反響があった。一番有り難かったのが、『気をつけてね。』というもので、これは素直に嬉しいし、改めて確かに用心せねば、と思った。ところが私のかつての教え子たちからは、『先生慣れていないから心配。』などと余計な一言を添えたものが多かった。他にも『初めてのモテ期おめでとう。』などという、余計な一言どころか全て余計なものもあったが、早速読んでくれたことには素直に感謝している。
 そしてここから先は、特に日本人男性によく見てもらいたい。なお、この記事から読む人のために言っておくと、ダインは、グーグル翻訳機能を使って日本語でメッセージを送ってくる。使ったことがある人は分かるだろうが、この機能はネイティブから見るとやや不自然だったり面白い表現になったりするので、必ずしも本心ではないということと、彼の日本語能力をからかっているわけではないということを分かっていただきたい。
 さて、日本人男性の皆様、準備はいいでしょうか。前日の夜、ダインとのメッセージが終わろうとしているとき、彼はこう言った。
 
 『おやすみなさい、甘い夢を。』
 
 どうですか、日本人男性の皆様。このセリフを女性に言えますか。つい今しがた私は、彼のメッセージはグーグル翻訳機能ゆえに『必ずしも本心ではない』と言ったばかりだが、これは本心だろう(と信じたい)。まあ、実際にもしこのセリフを日本人男性に言われたら、
 
 『甘い夢は見なくていいので、厳しい現実をしっかり見ましょう。
 
と可愛いさのかけらもない言葉で返してしまうと思うが。
 日本人男性の皆様、まだまだ続くので目は見開いたままでいていただきたい。ダインにこう言われた後、私も、
 
 『おやすみなさい、良い夢を。』
 
と言うと、
 
 『Arigato.🌹❤️』
 
と返してきた。どうですか、日本人男性の皆様。彼女、好きな女の子、奥さんにバラとハートマークをつけたメッセージを送れますか。日本人男性はシャイだと言われているが、これぐらいグイグイいってもいいのではないだろうか。何ならバラは花束にして渡しても良い。しかし要注意なのは、日本人女性は男性からバラのスタンプなど送られることはそうそう無いと思うので(え、私だけ?)、慣れていないと一瞬これがバラのスタンプとは気づかないということだ。事実、私は最初赤唐辛子のスタンプかと思ったのだ。というのも、ベナン人は辛いものが好きで、クラリス家にも唐辛子は常備してある。したがって、私は赤いものといえばトマトか赤唐辛子を見慣れていたので、バラとは認識出来なかったのだ。日本人男性の皆様は、もしバラのスタンプを女性に送ることがあったら、念のため『これはバラです。』と一言添えておくと良いだろう。
 さて、またもやデートのお誘いをやんわりと断った後、私は調べ物に没頭した。何を調べていたかというと、いかにローコストで栄養価が高い食事を作るかである。ベナンでは、貧困ゆえに1日3食食べられない家庭が多い。私は先日、クラリスと共に学校に行けない子どもたちにインタビューをしてきたのだが、1日何も食べずに過ごすことが多いという子どもたちに直に出会っているのだ。3食食べることは高過ぎる目標でも、2食でも、いや1食でも、とにかく栄養を補給できる食事を取らせなければと思って調べているのだ。
 そうは言っても、ここはベナン日本のように食材は豊富ではない。売っている野菜といえば、トマト、イモ、玉ねぎ、唐辛子、よく分からない葉物、オクラのようなもの、くらいだ。ちなみに余談だが、ベナン人は日本のように野菜に個々の名称をつけていない。つまり、トマトは "vegetable"、イモも "vegetable"、玉ねぎも "vegetable" 、以下省略。クラリスに、
 
    "What are you cooking for my dinner today?"
 
と聞くと、
 
    "Vegetable soup." と言われることがあるが、何の "vegetable" かは出てくるまでのお楽しみである。
 
 とにかく手に入る野菜は限られているし、贅沢なものを作ることは出来ない。色々ググってはみたものの、ベナンでは手に入らない食材を使ったレシピばかりで、それでは意味が無い。日本では確かにローコストで手に入る食材でも、ベナンの貧困家庭にはとてもとても買うことが出来ない。しかも、調理器具や調味料もそんなに無いのだ。限られたものでやるしかない。ググってもググっても出て来ない。キラキラ女子のためのダイエットメニューなんぞどうでもいい。頼むからベナンで調理できるものよ、出てきておくれ。…ダメだ、出て来ない。自慢ではないが、家庭科の成績は5段階評価で3以上取ったことが無いので、栄養に関する知識もほぼ無い。こういうときは人に聞こう。ということで、私の友人で、福島で農業を始め、現在は南三陸に住んでいる菅野瑞穂(すげの みずほ)さんに協力を要請した。なお、ご本人の名前とここから先の私たちのやりとりの掲載の許可は取ってある。
 瑞穂さんはさすがた。私の雑な説明で言いたいことを瞬時に理解してくれた。まず、トマトや玉ねぎはベナンでも手に入ると聞くや否や、『トマトは加熱した方が栄養価が高くなる』ことや『玉ねぎは切ってから15分くらい空気にさらしてから炒めると栄養が逃げない』ことを教えてくれた。ビーツも栄養価が高いので、育ててみてはどうかとも提案してくれた。そうなのだ。私が知りたかったのは、ベナンにある食材の栄養価を最大限に生かすにはどうしたらいいか、ということであった。そしてあっという間に、トマトで栄養が取れるよう「煮込みトマトスープ」のレシピを教えてくれた。似たようなレシピはググると出てくるが、瑞穂さんはベナンという場所を考慮して、限られた野菜と調理器具と調味料で出来る、超シンプルな「煮込みトマトスープ」にアレンジしてくれたのだ。
 
 〜超シンプルな「煮込みトマトスープ」レシピ〜
① トマトを湯剥きしてヘタを取って煮込む。
② オリーブオイルで刻んだ野菜を炒める。
③ ①のトマトに塩・コショウを入れて味付けし、②を入れて煮込む。
 
うむ、これならベナンにある食材や調味料と調理器具で出来る。しかも、最悪他の野菜を買うことが出来なくても、トマトを加熱してスープにするだけでもトマトから栄養が取れる。クラリス曰く、野菜を何種類も買うことは出来なくても、1種だけなら貧困家庭でもギリギリ買うことが出来るそうだ。トマトだけでも奇跡的に手に入るなら、ここぞとばかりに栄養を摂取しなくてはならない。ただ単にレシピを教えてくれるだけでなく、トマトや玉ねぎの栄養価を最大に活かせるような豆知識まで教えてくれるとは、さすが野菜のプロだ。彼女は野菜をこよなく愛し、決して無駄にすることなく最大限に野菜の良さを引き出す。そんな瑞穂さんだからこそ出来ることだ。早速作ってみよう、と言いたいところだが、クラリス家のコンロは残念ながら私には扱えない。マッチを投げ入れて着火するので、下手した手が丸焦げである。カチッと回せば火がつく日本のガスコンロに慣れている私には危険すぎるので、レシピを英語にして、今度クラリスに作ってもらうことにしよう。
 夜7時頃、クラリスが帰ってきた。2人の男性を連れてきた。何だ何だ、クラリスは家に男性を入れない主義なのに、どうしたというのだ、と思ったが、別に色恋沙汰ではなかった。実は、クラリスは最近冷蔵庫を買ったのだ。ベナンでは冷蔵庫が無い家庭は珍しくない。しかし、クラリスはヨーグルトを作ることにハマり始めて、冷蔵庫を手に入れたのだ。その冷蔵庫を設置するために、クラリスの弟さんとその友人に手伝ってもらったのだ。
 冷蔵庫設置のためにテーブルの向きなども変えた。そして、ついにクラリスが、
 
    "Let's put a sofa here."
 
と言った。私が長らく訴えていたソファ、しかし彼女にとっては優先順位が低くて却下され続けてきたソファ。ついにクラリスが認めてくれた。ソファ購入のためにしばらくビスケットは買えなくなるが、やむを得ない。しかしクラリスにそれを言うと気持ちが変わってビスケットを優先しようと言いかねないので、黙っておいた。