"アレ"の正体とクラリスの抗議と注射

 9月6日、朝になって少し熱は引いたようだ。測ってみると、37、5度。高熱というわけではないが、やはりアレの疑いは晴れない。

 午前中は、クラリスが仕事に向かわなければならないということなので、大人しく待っていた。私は昔は、熱に非常に弱かった。微熱でもこの世の終わりのような顔をし、自力では何も出来なかった。しかし、1人暮らしを始めて、やはり頼れるのは自分だけという環境になってから、だいぶ強くなった気がする。事実、インフルエンザにかかった際、ヨロヨロしながらも自力で病院に行き、フラフラしながらも、料理も洗濯も掃除も自分でした。
 そして今回も、恐らく夜は高熱が出ていた気がするが、もう耐えるしかないと達観したのか、意外と普通であった。食欲はさすがに少し無いが、それでも何とか食べ物を口に入れ、クラリスが戻って来た後、病院に向かった。やはり、熱はまだあるようで頭がボーッとする。
 クラリスはテキパキと、受付やら何やら、私の代わりに動き回ってくれたので、私は座って待つことが出来た。体重を測られた。幸か不幸か分からないが、やはりベナンに来てから下痢が続いたことによってか、体重は3キロほど落ちていた。どうしてお腹や二の腕のお肉からではなく、胸の肉から無くなっていくのだろう。その後、患者でもないクラリスも体重を測っていた。絶叫していた。
 意外にも待ち時間はほぼ無く、すんなりと診察に向かえた。男性の医師であった。念のためクラリスも一緒に入ってくれて横に座っていたが、彼は英語が通じたので、英語で症状を訴えた。そして、アレの可能性があるので、血液検査をしてほしいとも。ここまで長らく"アレ"と引っ張って来たが、ついにその正体を明かそう。そう、"アレ"とは、マラリアのことである。蚊を媒体して感染するものだ。前回の記事で書いた通り、私は蚊に刺されている。ベナンに来てから、実は初めてのことだった。もちろん、全ての蚊がマラリアを持っているわけではない。だから、蚊に刺されたからといって絶対にマラリアになるわけではない。高熱が出たり引いたりを繰り返したら、マラリアの可能性があるのだ。私の場合、高熱は出ていたかもしれないがそのときには測っていないので高熱かどうかは分からない。しかし、風邪でもないのに熱が出たのでマラリアの可能性を疑った。また、知人も感染したことがありそのときの様子を知っていたので、すぐにピンと来たのだ。マラリアかどうかを調べるには、血液検査が必要だ。まずは医師の触診などで腹や目の状態を確認された。
 この辺りで、クラリスの異変を感じ取った。明らかに機嫌が悪い。しかし私は何もした覚えがない。診察が終わって、部屋を出るときにクラリス
 
    "If I was you, I would be so angry."
 
と言った。どうしたのか、なぜだ、と聞いてもクラリスは答えなかった。その後、クラリスはまた私のためにせかせかと動き回って色々な手続きをしてくれていた。戻って来たクラリスは、何と泣いていた。
 
    "Let's go to another hospital."
 
と言って、私の腕を引っ張り連れ出そうとした。
 
    "What happened? Tell me what's going on."
 
と聞いたが、クラリスは答えない。そこで、先ほどの医師と看護師がやって来て、クラリスを呼び止めた。クラリスは泣きながら何かを抗議していた。皆が見ていたが、お構いなしにクラリスは激しく何かを訴えている。現地語だったので何を言っているかは分からなかったが、明らかに私を見ながら、私を庇いながら、何かを訴えている。そこで、医師と看護師がどうにかクラリスをなだめ、別室に連れて行った。私はまた椅子に座って待っているよう言われた。何が起きているのか全然分からなかった。
 戻って来たクラリスは、もう泣いてはいなかった。少し微笑んで、血液検査に向かおうと言ってくれた。その途中で、何があったのかを教えてくれた。
 実は、私は全く気づかなかったのだが、クラリスから見て、彼らの仕事がプロフェッショナルのものではないと感じたのだそうだ。目の前に私という患者いて、一刻も早く治療をしてほしいのに、クラリスは病院側の対応に不信を持ったそうだ。具体的にどんなことが彼女をそう思わせたのかを教えてくれたのだが、私はそれをここに記すことは控えたい。というのも、私は熱で頭が働いておらず、あまり周りも見ていなくて気づかなかったのだ。このブログは真実を記すものであって、私が自分の目や耳で見聞きしていないものはなるべく書きたくない。ましてや、ここで強調したいのは、ベナンの病院がしたことではなく、クラリスが私のために泣きながら抗議してくれたことだ。しかも、クラリスもずっとベナンに住んでいながらこのような対応を見たのは初めてだと言っていたので、今回の、このたかだか1件で、どうかベナンの病院は不誠実だと思わないでもらいたい。ちなみに、病院側はこの後私とクラリスに謝罪をしてくれた。
 血液検査の場所に向かった。ついに来た。私が虫と雷の次くらいに苦手な注射。しかも、どういうわけか、怖いくせに見たがるのである。クラリスもそれを不思議がっていた。怖いなら目をつぶれ、と言っているのだが、そうすると逆により一層怖いのだ。看護師さんもさぞかし怖かっただろう。英語と時折日本語交じりで "No, nonono."「イヤだイヤだ」を繰り返しながら、目をかっぽじってその様子を見ているのだから。しかも、採血は長いのだ。これでもか、というほどに血を抜かれてようやく採血は終わった。放心していると、看護師さんが私の腕を優しく包み込んで立たせてくれた。立ち上がって笑顔で、
 
    "Thank you."
 
と言うと、その看護師さんも笑顔でフランス語で何かを言った。クラリスに目で通訳してくれと訴えると、クラリスが笑いながら、
 
    "You have to have another injection."
 
と言った。なぜだ。今終わったではないか。すると、クラリスは実に理路整然と、
 
    "This is for checking if you've got malaria. The next one is for fever."
 
と言った。なんて分かりやすい説明。納得せざるを得ないではないか。熱のせいではないフラつきを感じながら、我々はまた別の場所に向かった。先ほどの看護師さんもだが、ここの看護師さんもまたえらい美人であった。しかし今の私はこの美人の顔よりも自分の腕をまた目を見開いて見なくてはならない。先ほどの採血と、この注射で私の両手はボコボコだ。なんて可哀想な私、と心の中でグスングスンとしていると、ここでさらにまた追い討ちがあった。なんと、ベッドにうつ伏せになるように指示されたのだ。まだ何かをするつもりか。すると、この美人看護師さんに、何とパンツを脱がされたのだ。ギョッとして振り返ると、看護師さんは手で私を制し、真剣な顔をしていた。その手には、注射が握られていた。何と、腰とお尻の境界付近にも注射をされたのだ。このときの私の気持ちは、何と表現しようか。「これで終わり」というのを2度も裏切られ(自分が勝手にそう思っただけ)、嫌いな注射を1日に3回もされ、挙げ句の果てに看護師さんにお尻を見られるとは。満身創痍であった。出て来た私の顔を見てクラリスが笑っていたが、笑う余裕は無かった。看護師さんも笑いながら何かを言っていた。クラリスが訳してくれた。どうやら、あまりにも私が注射を恐れていたので心配してくれていたらしい。クラリスはまるで私のお母さんのように私をなだめた。
 血液検査の結果は翌日に分かるとのことだ。この日はクラリスが美味しいご飯を作ってくれた。夜になると熱は下がった。汗もかいてきたので、風呂に入りたいと言ったのだが、クラリスに止められた。ここでは水しか出ないので、寒くなったらまた熱が出るかもしれないから、今日はやめておけ、と。しかも、
 
    "If you get a fever again, I cannot sleep because of you. I want to sleep today so don't take a bath today."
 
と言われた。ツンデレだが、要は心配してくれているのだ。今日はクラリスにとても感謝をしているので、彼女に従うことにした。しかし、やはり解熱で汗をかいたので、扇風機をつけたかった。彼女は寒がりなので、少し言いづらかったので、
 
    "Uh...it's too hot for me."
 
と言うと、
 
    "Um...Hah!?"
 
と言われた。そして、信じられない、こんなに寒いのに、といった感じで渋々扇風機をつけてくれた。そして、大げさに歯をガチガチ震わせてタオルに包まりながら、
 
"Go to take a bath."
 
と言った。もちろん、笑ってスルーした。