なんちゃってダメージジーンズといつも通り
8月18日、いつもと変わらない朝だ。
"Good job, Maki."
と言った。おお、褒めた。てっきりダメ出しが来るかと思ったが、 褒められた。 おかげさまで上機嫌で鼻歌を歌いながら気分よく干すことが出来た 。
そのあと、 仕事に取りかかろうと机に向かったらクラリスに呼ばれた。 行くと、私のカッターを貸してほしいとのこと。 何に使うのかを聞くと、 クラリスはジーンズの足首部分を広げたいから手伝ってくれと言う のだ。なぜだ、なんちゃってダメージジーンズでも作りたいのか、 と思って言われるがままジーンズを押さえていると、 なんとも手先が不器用でカッターが2人の指を切りそうである。 そこで分かった。クラリスは最近太り気味なのだ。 ジーンズが足首部分ですでに入らないから広げようとしているのだ 。本人に聞いたところ、あっさり認めた。
"Careful, don't cut my fingers, please."
と懇願すると、
"You said you believe in me."
と言った。確かに、お金の面ではクラリスは信用出来る。 彼女がうっかりお金を持ち合わせていないときやどうしようもない ときにお金を貸したことはあるが、翌日には必ず返す。また、 私がまだ買い物に慣れておらず、 お金を素早く出せないときに手伝ってくれるがあとで必ずレシート と照らし合わせて正しいお金を出したことを証明してくれる。
"Yes, I believe in you about money."
と言うと、クラリスは豪快に笑いながら
"Please believe in me when cutting, too."
と言うが、笑うとさらに手元がブレるから笑わずにやってくれ。 ようやく少し広がって、履いてみたところ、 もはや少し広げれば何とかなるのレベルではなかったようだ。 クラリスもようやく気づいて、あきらめた。 ところが今度は足首部分でつまったジーンズが脱げない。
"Maki, please help me."
"Maki, I helped you!! Do you remember that?"
と言った。(注:いつぞやの黒いワンピース事件である。)分かっている。 確かにあのとき彼女はぶつくさと私の体型に難癖つけながらも救出 してくれた。だが、もう笑いすぎてちっとも力が入らないのだ。笑いながらも、 ようやくクラリス救出に成功した。
"When did you buy it?"
と聞くと、
"Last Friday."
と言った。まだ10日も経っていないではないか。 どうして彼女は自分の体型を考えずに服を買うのか。
"Maybe this will be for you."
と言った。 どうせくれるならそんなダメージする前に欲しかったが、 仕方あるまい。着てみろ、と言われたので着てみると、何ともピッタリだ。 足首部分が謎に広がっているが。クラリスは何てことない、という感じで足首部分を折り曲げて、
"Hey, it's no problem!"
これなら問題ないでしょ、と言わんばかりにドヤ顔だった。 もはや何も言えまい。
その後、クラリスは別のジーンズに履き替えたが、 今度はファスナーが上がらないから助けてくれと呼びつけた。 確かにこのジーンズなら頑張ればファスナーも閉まりそうだ。 しかし、なかなかうまくいかない。 クラリスのお腹の肉を押しのけ押しのけようやくファスナーを上げ ることに成功した。明らかにきつそうであるが、 本人が大丈夫というので大丈夫なのだろう。
クラリスが作ってくれたランチを済ませ、 彼女が帰ってくるまで自分もやるべきことを済ませた。途中、 いつだかの、 停電でお世話になったママさんとその息子2人がわざわざ挨拶に来 てくれた。英語は全く通じないが、 気にかけてくれているのは分かる。また、 息子2人もいつも握手してくれる。
16時半頃、クラリスが帰って来た。 17時半までゴロゴロしていた。大丈夫だろうか。 18時には教会に着くとなると、 17時50分には出なくてはならない。17時40分、 彼女は立ち上がって着替えにいった。 彼女は教会にはちゃんとした服を着て行くのだ。17時45分、 朝のように私を呼びつけた。デジャブだ。 どうせまた服が入らないのだろう。当たりだった。 2人がかりでチャックを上げた。何とか50分前に支度を終え、 家を出た。
歩いているとクラリスが
"Maki, something is wrong with my shoes."
と言った。見ると、 確かに彼女のサンダルの留め具がはずれそうだ。
"We should go back. It's better to change into different ones."
と提案すると
"Nomally yes."
と答えた。"Nomally" ではなく明らかにそうすべきだ。 服のサイズだけでなく、靴のサイズまで変わってしまったのか。 しかし彼女は、
"Maki, can you bring my shoes? I'm waiting here."
と言った。確かにこの靴ではもはや歩けまい。 仕方なく靴を取りに戻った。はじめてのお使いである。
クラリスの一張羅の靴を持ち、 再び彼女がいるところまで戻ると、彼女は小躍りをしていた。
"Maki! You brought my best shoes!!! You know me very well."
とてつもなくご機嫌になったし、 今後も美味しい料理を作ってくれるという約束を取り付けたので、 次回からは靴も服も今のよりワンサイズ上のを買うようにとは言わな いでおいた。
礼拝はいつも通り何を言ってるのか分からなかったが、 歌や雰囲気などを楽しむことが出来た。 そしていつも通りとてつもなく注目を浴びた。 席に座ると前に座っている子どもがわざわざ体の向きを変えて見て くる。チラ見なら分かるが、 こうもじっくり見られるともはや清々しい。
礼拝が終わって家に戻り、クラリスが夕食を作ってくれた。あれ、 パスタ…今日は朝も昼も夜も同じ食事だ。靴を持っていったとき、 クラリスはちゃんと3食作ってくれると約束したのだが、 おそらく彼女の中で、3食『用意する』 に置き換えられたのだろう。 確かに3食食べられるだけ良しとしなくてはならない。
いつも通り、私が先にベッドに入っていたところ、 これまたいつも通りクラリスは大声で
"Are you sleeping?"
と聞いてくる。いつも通り、
"Yes, I am."
と答えると、いつも通り裸で隣のベッドで大声で電話を始める。 寝てるかどうかを聞いた意味は何なんだろう、 とはもはや思わなかった。 いつも通り自分の体をバシバシ叩きながら爆笑して電話をしている 。そしていつも通り一通り電話が終わると爆音で音楽をかける。 そしてそれも一通り聞き終えると風呂に行く。 そしていつも通り風呂場で爆音で歌っている。 そしていつも通り風呂から出てくると歯をカチカチ鳴らして体を震 わせて出てくる。
今日も変わらぬ平和な1日であった。