クラリスのプロジェクトとウィルの英語の授業と頭にダンボール
8月31日、ベナンに滞在して1ヶ月が経過した。
実は、クラリスが友人たちと兼ねてから貯めていたお金で、 ウィルの学校の子どもたちに必要な教材を購入していたのだ。それをとある場所で配布するのだという。 もちろんクラリスとて、全員にあげるお金は無いので、 まずは20名から始めようということになったらしい。 あんまり概要は分かっていなかったが、 クラリスがこの日のためにとても仕事を頑張っていたのは分かっていたし 、それを見届けたかったので、私も行くことにした。
仕度をしていると、クラリスが歯ブラシを片手に私のところへ来た。そして、前日に買い物をしたときの話をしていた。私は彼女がどうして歯ブラシを持ってそのような話をしているのかが分からなかったが、とりあえず黙って聞いていた。そして、最後にこう言った。
"I got a toothpaste yesterday."
彼女は、歯磨き粉が切れていたので買わなければならないと1週間ほど言っていたのだが、毎日のように買い忘れていたのだ。歯磨き粉くらい、私のを使えばいいと言っていたのだが、ようやく昨日買ったことを報告した。ついに買ったのよ!と言った感じで報告したので、良かった良かったと共感しておいた。
しばらくして、クラリスが私を呼んだので行ってみると、歯磨き粉を片手にドヤ顔で、
"I got a toothpaste!!"
と言った。え、さっき聞いたけど…?と言うと、
"OHHHH!! I forgooooot!!"
と言った。今度は、報告したことを忘れていたらしい。
朝からド天然なクラリスに爆笑をした後、ウィルと彼の学校の近くで待ち合わせた。 そこから大型の車に子どもたちと私たちを乗せ、 とある野外イベント会場のような場所に着いた。遊具もあり、 子どもたちはとてもはしゃいでいた。と、ここでウィルは、 少し仕事で抜けなければならないと言ったので、残念に思っていると、
"Do you want to come with me?"
と言われた。ウィルがこれから向かう先というのは、 大人を対象にした英会話講座で、 ウィルはそこの先生をしているのだという。 クラリスのプロジェクトも見届けたいが、 よく考えると私は一銭も出していないのに、 この場にいると私も共同でやっていると見られかねない。 ましてや私はベナンで英語の先生をするのだから、 ウィルがベナン人にどう英語を教えるのかにとても興味がある。 ということで、ここは現実的なことを考えて、 ウィルについていくことにした。
ウィルは本当に紳士的だ。ウィルのバイクの後ろに乗ったのだが、 明らかにスピードを落として運転をしてくれる。 そして時折私が安全でいるかを確認してくれる。 少し話はそれるが、つい最近、 クラリスとバイクタクシーに乗ったときに、ふと思ったのだ。 色々な人からバイクタクシーは運転が荒いと聞くが、 クラリスと乗るバイクタクシーの運転手はスピードを落としている 気がした。実は後から分かったのだが、 クラリスは運転手にスピードを落とすよう頼んでくれていたのだ。 ふとしたところで、彼らの優しさに触れて、心があたたまる。
建物に着いた。階段を上ると、10名ほど学習者が待っていた。 学生さんらしき人もいれば、年配の方もいて、年齢層は様々だ。1週間に1回の講座だそうだ。ウィルは私を紹介してくれた。 その後、私からも自己紹介をした。
この講座では、文法を学ぶというよりは、 会話がメインに行われる。学習者は全員大人なので、 文法の学習は自分で出来るからだ。事実、ウィルが
"What did you learn this week?"
と聞くと、学習者は順番に何を学んだかを答えていった。皆それぞれ英語を勉強していたことが分かった。また、ウィルは学習者にしきりに、
"You have to be the leader. You have to be responsible for learning English."
と言っていた。なるほど。子どもではなく、大人を相手にするのだから、確かに自らが指揮をとる必要があるということか。時折、単語などはフランス語でも説明をしていたが、基本的に英語で授業を進めていた。年齢層も様々だが、レベルも様々で、ウィルが言っていることを全て理解出来ている人もいれば、苦戦している人もいた。
非常に興味深かったのは、日本人の英語学習者と間違えるポイントがよく似ているということだ。例えば、doctor と daughter、morning と money を聞き間違えていた。もちろん、分かれば全然違う意味の単語ではあることは明白だが、綴りも音も似ており、ビギナーにとっては間違えることが多い。
さらに、過去形と現在完了形の違いについての質問も出た。これも日本人の英語学習者がつまずくところだ。概念的には理解出来ても、いざ使うといったときに、さてどっちを使ったらいいのか、と悩ましい。しかもこれに関しては、悩ましいのは学習者だけでない。教える側にとっても非常に難しい。ましてや、ここには黒板はあるものの、日本のようにチョークが色とりどりにあるわけではないし、黒板消しでサッと消せるようなものではない。説明をしようにもほぼ口頭ですることになるので、よほど説明能力が長けていないと、ただでさえ混乱している学習者を奈落の底に突き落としかねない。しかも、もし私が説明するとなったら、私はフランス語を話せないので、英語に頼るしかない。ウィルの説明能力の高さを間近で見て、私も頑張らねばと非常に刺激された。
また、もう一つ私にとって勉強になったことは、ここにいる学習者は大人といえどとても肝が据わっているということだ。ウィルは、とある動画を見させた後に、容赦無く彼らを前に立たせ、その要約を学習者にさせた。覚えている限りで良いから、とウィルは言っていたものの、ほぼ全員がビギナーの中、おそらく聞くだけで精一杯であろうに、果敢に挑戦していた。中には指名される前に自分から手を挙げた人もいた。もちろん流暢というわけではないが、それでも要約をいうのにふさわしい、立派な発表であった。彼らの素晴らしいところは、間違いを恐れないだけでなく、人が間違えても何てこと無さそうな顔をしていることだ。もちろん、ウィルがそう言った雰囲気を作っているということもあるが。アフリカ人は言語習得が早いというのはよく聞く話だが、おそらくこういう雰囲気の中で言語学習が行われるからなのではないだろうか。自分もいつか、ベナン人に英語を教えるのだ。このような雰囲気を作れるよう、頑張らなくてはならない。
英会話講座が終わった後、我々はクラリスが待つイベント会場に戻った。途中、きっとクラリスはお腹を空かせているだろうと言って、ウィルは私のためにもお菓子を買ってくれた。クラリスが待つ場所に到着した。この日のスケジュールが全く分かっておらず、彼女と合流して分かったのだが、子どもたちへの教材の受け渡しはまだ済んでおらず、この後行われるとのことなので、クラリスのプロジェクトも結局見届けることが出来た。
ステージに子どもたちが上がり、クラリスがこのプロジェクトの概要を説明していた。フランス語だったので、ちっとも分からなかったが、時折ウィルや私の名前も聞こえた。クラリスは、泣きながらしゃべっていた。このブログでは、クラリスのお茶目なところや面白いところばかりが目立ってしまっているが、実はクラリス自身も相当苦労をしてきているのだ。だから、彼女は教育の価値はとてもよく分かっている。そしてとてつもなく優秀な学業を修めている。英語が出来るからこそ、日本人の観光に同行する仕事も出来、圧倒的に職業の幅は広がっていると思う。クラリスもまた、ウィルのように、稼いだお金は家族や近所の子どもたちに捧げている。買ってきたお菓子や作ったヨーグルトや食事は、惜しみなく必ず子どもたちに分け与える。一度、我々が家でスイカを食べているときに、子どもたちが中に入ってきたときがあった。クラリスは、自分が食べていたスイカも余っていたスイカも全て子どもたちに与えた。クラリスにとって、"share" することはとても当たり前のことなのだ。面白くて、頭が良くて、根がとても優しい。そんな私の同居人クラリスが、何だか今日はとても眩しかった。
子どもたちがステージから降りてきたので、記念撮影をした。クラリスはとても満足そうだ。良い笑顔だった。クラリスは、我々と子どもたちにとジュースまで買ってきており、それをウィルと共に配った。数が足りるか分からなかったので、ウィルとクラリスに、
"Do you keep your own juice?"
と聞くと、2人とも、
"Yes. Even if I don't, I'll give you."
と言ってくれた。どうしてこの2人はここまで人に優しくなれるのだろう。どうして彼らよりいっぱい色々なものを持っているはずの私は、それが出来ないのだろう。勝手に私のものを使われたり共有されたら、前の私だったらきっと嫌な顔をしていた。でも今だったら、そんな自分がすごく醜く見えるだろう。
子どもたちが乗ってきた車が到着し、乗り込んだ。私とクラリスはバイクタクシーを拾って帰るので、ここで子どもたちとはお別れだ。ここで、またもや嬉しいことが起こった。何と、子どもたちと歩いていると『ありがとう』が聞こえたのだ。この『ありがとう』には聞き覚えがある。初めてウィルの学校に行ったとき、ウィルが子どもたちに『ありがとう』を教え、『ありがとう』を言いながら子どもたちが私たちについてきた。今ここにいる子どもたちは、ウィルの学校の子どもたちなので、あのときの子どもたちの何人かが、今日ここにもいることは分かっていた。しかし、ここでまた『ありがとう』が聞けるとは思わなかった。このプロジェクトに私は何も関わっていないので、お礼を言われることなど何もしていない。しかし、子どもたちはそんなことは知らない。私は、『ありがとう』と言ってくれたことではなく、私と『ありがとう』という言葉を覚えていてくれたことがとても嬉しかった。クラリスとウィルと、子どもたちの優しさとあたたかさに触れた、私のベナン1ヶ月記念日となった。
さて、私とクラリスは帰り道、重たいダンボールを1箱持っている。クラリスが子どもたちに買ったジュースが1箱余り、近所に配るために持って帰ったのだ。バイクに乗っている間は良かったが、家に入るまでの30メートルほどは自力で運ばなければならない。さあ、どう運ぼうかと考えていると、クラリスが、
"You carry it because I did!! "
と言った。確かに、イベント会場からバイクタクシーに乗るまではクラリスが頭に乗せて運んだ。しかし、彼らアフリカ人は物を頭に乗せることなど日常茶飯事だ。しかも、どういう頭の形をしているのかは分からないが、両手を離して運ぶことも出来る。クラリスは、この重たい箱を私が頭に乗せて運べと言うのだ。出来るわけないだろう、と言ったが、もし出来たら家にまだいる黒い侵入者の退治をしてくれると言ったので、やることにした。
まず、そもそもこの箱をどうやって頭に乗せるかだ。クラリスは爆笑しながら私が四苦八苦しているのを見ている。そして、応援するどころか、
"Hey, Maki!! If you drop my juice, I'll beat you!!"
と言う。恐ろしい子である。どうにかして、よろめきながらも頭に乗せた。手を離せ、手を離せ、とクラリスは爆笑しながら言っているが、それは軽くスルーした。とりあえず運ぶのだ。クラリスは、近所に聞こえる声で爆笑するものだから、何事かと外へ出て来てしまった人もいたではないか。子どもたちも笑って見ている。しかも、クラリスが写真を撮ろうとしているのだが、爆笑しすぎて手が動いていない。撮るなら早くして欲しいのに、笑ってばかりいるので、
"Clarisse!! If you want to take a photo, hurry up, now!!"
と言うと、
"Hey, don't shout! It's like an 'order'."
と、まだ爆笑して言うので、
"Yes. This is an order!! HURRY UP!!"
と言うと、さらに爆笑してしまった。ようやく家の中に入ってからも、まだヒーヒーと言って笑い続けている。まあ、良い。今日はクラリスがとてもカッコ良くて眩しく見えたし、彼女の優しさを改めて知った。好きなだけ笑わせておこう。そして、侵入者の退治をしてもらうのだ。(なお、実際に退治されたのはこの1週間後のことであった。)